劇終
今日は休もうかと思ってましたが、まあ、いいでしょう。
元の高い天井の宮殿めいた建物の区画に戻ってきた。なかなかたくさん歩き回ったな。疲労がふくらはぎに蓄積されているのを感じる。
休みたい。
赤の欄干を乗り越えてちょうど見つけた中庭に入り込んだ。石造りの椅子が花咲く植え込みの前に置かれているのを目にしたからだ。
椅子を前に、行き合った。二人してビクッとする。相手は、白の獣耳に黒髪の少女。イチフサだ。彼女も休む場所を探していたようで、偶然の出会いに固まっている。
「⋯⋯ とりあえず、座ろうか。」
いつまでも固まっているわけにも行くまい。僕はイチフサにそう声をかけた。
「そうですね。」
複雑な表情をしながら彼女も頷く。
「お疲れ様。」
二人で腰を下ろして、何も言わないのも不自然なので、とりあえずそう言った。
「剣さんも。お疲れ様です。」
イチフサもそうすることに異論はなかったようで、挨拶とでも言える言葉を返す。
そういえば、これを言っておかないとな。
「あっ、オソレさんの宝石、見つかったんですね。よかったです。」
でも僕が口を開く前にその思考は読み取られていた。久しぶりに実感したなこの神様読心チート。
「それはいいんですが、何お風呂場に侵入してるんですか。重罪ですよ。」
同時にその過程も読み取られて、冷たい視線を向けられた。
一回一緒にお風呂に入った気もするけれど、それとこれとは別なのだろう。ユウキがお風呂のたびにイチフサがくっついてきて困るとか言ってたし。⋯⋯ イチフサばっかりずるいぞ。僕だってひっつきたい。
「恋人じゃなかったら引かれますよ。現に私は引いています。」
やっぱり辛辣な感想を言うイチフサ。ひどい。
「剣さんのことは認めてますけど、サクラさんの思いを無駄にはしないでくださいね。」
ポツリと、イチフサの口からそんな言葉が溢れた。彼女も言うつもりはなかったようで、ハッとしたように口を押さえた。
「受け止める。」
でも、僕はそう短く言うのが精一杯だった。幸せにするとは誓ったけれどユウキのこともあるし、彼女は神だ。僕が先にいなくなってしまうのは間違いない。より深い縁を結んでしまうと、彼女のためにならないのではないか。そんな思いまである。
「私は気にしてませんよ。それでもいいと、好いているんです。おそらくサクラさんもそうでしょう。」
見上げる空は夕景だ。オレンジに紫が混じって、美しい色合いをしている。空の一部を切り取っているかのようなそんな中庭の上だけの景色だけど、いい風景だなと、ぼんやり思った。
「さあ、もう十分休みました。終わったことを知らせに行きましょう。」
自分の言ってしまった事実を打ち消したいのか、イチフサは急に立ち上がった。白の尻尾が揺れて回る。
こちらを振り返って、彼女はその手をこちらに伸ばした。
「ほら、剣さんも。」
彼女の手をとって立ち上がる。
柔らかな感触はいいものだ。
「⋯⋯ 何なんですかその感想は。」
イチフサには呆れられたけど、感じたものは仕方がないと思うんだ。
「しょうがないですね。」
イチフサはやれやれとばかりに肩をすくめてみせた。
「じゃあ、行こうか。」
中庭は静かに、上空の空気を通して佇んでいた。
そのあとはなぜだか、誰一人巡り合わず、僕とイチフサは、元々のドールの応接間に戻ってきた。集合場所に設定したのは正しかったらしくて、他の三人とも合流することが叶った。僕は、ドールが指輪を見つけていたことを報告する。
三人とも自分のことのように喜んだ。見つけられなかったのは徒労感へと繋がるだろうけれど、見つかったという報告だけで、他の見返りなどいらないという態度が、なんだか誇らしかった。
「あれ、皆さん。」
オソレが通りかかって、僕らが集まっているのに足を止めた。
「まさか、見つかったんですか! 」
手に持つ仕事道具をほっぽり出しそうな勢いで彼女はこちらにやってきた。まだ、ドールは彼女に会えていないようだ。
「それは⋯⋯ 。」
僕らは言葉を濁す。これを僕らが伝えていいんだろうか。預かったドールが言うのが筋というやつではないだろうか。そんな思いが逡巡を産んでしまう。
「残念です。」
その反応を深読みして、オソレは心読も使わずに悲しげな表情を作った。絶望と悲嘆の混ざりあったようなひどい顔だ。
まず、見つかったことは伝えよう。僕はそう決意して口を開いた。
「こんなところにおったのか。」
僕の声をかき消すように高い位置から、重々しい声が響いてきた。
初めて会った時の焼き直しのように、ドールが太い体に戻って、玉座の後ろの扉から姿を表していた。
「ドール様、これは決してサボっていたわけではなく。」
言い訳するようにオソレは目をそらして手を動かした、
「わかっておる。近う寄れ。」
「⋯⋯ はい。」
少し疑問の表情を浮かべたものの、逆らうことなど思いもよらないことであるかのように、彼女はドールの方へ向かう。
「探し物はわしが見つけておいた。⋯⋯ そんな大したものじゃないとは思うのじゃがのう。」
そう言って、ドールがオソレに渡したのは、あの黒宝石のはまった指輪。
己の手に戻ってきたそれをオソレは信じられないかのように何度も何度も見返している。
「よかった⋯⋯ 。よかったです。」
もはやドールの前だということも忘れたらしくて、オソレはそんな言葉を繰り返すことしかできていない。
「ドール様からもらった初めてのプレゼント。もう、決して無くしません。」
涙は、黒石の床にぶつかって音を響かせた。
「覚えておったか。」
ドールもさすがに感慨深いようで、しみじみとした様子であった。
オソレは、ただ、ドールにすがりつき、泣いている。
「お主ら、いつまで見ておるんじゃ。さすがに看過できぬぞ。」
ドールの注意が飛んできて、僕らは仕方なく、その場を後にした。
うん。いいものを見た。すごいものを見たと言ってもよかったかもしれないけれど。
オソレの思いをドールも大切にしているようで、いい関係だなと、素直に思う。
僕らの関係はどうなるんだろう。今の関係は、居心地がいい。全てを曖昧なままにおいて、仲間は仲間として大切に思う。でも、さっきイチフサに叱責されたように、それじゃダメなんだと思う。ドールとオソレの関係はこれからずっと変わらないのだろう。お互いがお互いを思い合う。そんな素敵な関係だ。僕も、ユウキとサクラと、どうしていきたいか、考え続けなければならない。停滞するには僕らの関係は、微妙なものが多すぎる。微妙をそのままにしては、ギスギスが蓄積されるだけだ。なんとか、わかり易い関係を構築できればいいのだが。
「難しく考えすぎじゃ。わしらはわしら。あやつらはあやつらじゃ。変えようと足掻くのは、それ相応のリスクを負うと知ることじゃ。」
僕の思考を読んでか知らずか、シロは、唐突にそんなことを呟いた。こちらの先頭で、背中を向けながらだったので、僕に言ったことかはわからない。でも、シロの言葉はストンと胸に落ちた。
関係をスッキリさせる。耳障りのいい言葉だ。それにすがろうとする人も多いだろう。何より楽だ。これと決めつけて、他を捨て去る。一つのことだけ考えていればいい。でも、それじゃダメなんだと思う。モヤモヤしていても、この瞬間が僕には楽しい。それを守ることに尽力するのが大事なのではないだろうか。⋯⋯ なんだろう。子鷹くんか比企ヶ谷くんかの問題みたいだなあ。子鷹くんはあの隣人部という場を維持するために逃げた。比企ヶ谷くんはあの関係に終止符をうとうとしている。きっとこれに答えなんてない。悩んでいい。最終的な答えが、自分の、そしてみんなの納得のいくものであることだけが重要なんだ。
そんな、学園ラブコメが最終的に行き着く終着点について考えを巡らせて、僕は黙って、元の部屋までの道のりを歩いた。
ユウキとサクラとイチフサはどこを探したのなんなのという話で盛り上がっていて、なんだか悩んでいたのがバカらしくなった。
翌日。名残惜しげなオソレの見送りを背に受けて、僕らは来た道とは反対方向に下っていくことにした。ドールに下まで送ってもらうこともできたけれど、そのあたりの過程は大事にしたいから。⋯⋯ まあ、有り体に言う、下り道も登山だから、飛ばしたくないと言うことだ。山登りはいいぞ。
その少し後、マンテセがその場を訪れることを当然僕らは知るはずもなかった。
もはやはがないは古典になっているのだろうか⋯⋯。久しぶりに読み返したい気分




