把握
更新頻度褒めてくれてもいいんですよ
二日目。寝坊助の目をこすって起きた僕らが見たのは狂乱の光景だった。
「どうしてだ。」
「なぜこうなった。」
「一体ドール様はどうしてしまわれたのだ。」
「ええい。そんなことはどうでもいい。」
「そうだ、早く対策をしなければ、この世界は終わってしまう。」
そんなことを口々にわめきながら走り回る使用人達。誰もが混乱し、正確に事態を把握しているものなど誰一人いないように思われた。
「そこのあんた達、こっちに来て。」
黒い闇のドレスをまとった少女が廊下の隅で手招きしていた。美少女型のドールだ。でも、昨日話を聞いた限りじゃ夜にしかその姿になることはできないってことだったけど。後、口調も変わっている。
「状況が変わったの。幸い他の子たちは私がこんな姿になることは知らないから。」
確かにさっきからドールを探しているはずの使用人達の目にこの少女は入っているのに、誰一人として主人に気づく様子はない。
僕ら五人はドールに導かれて秘密の部屋とでも言えるような小さな扉をくぐって、とある小部屋に集まった。
「ここは儂の結界。誰も知らない場所。」
「あの、あなたは⋯⋯ ?」
ユウキ、サクラ、イチフサは目の前に現れた黒の着物を着た年の頃16ばかりの美少女の正体がわからず目を白黒させていた。シロはそれを見てため息をつく。やはりシロは知っていたようだ。
「さて、儂は誰でしょう。当ててみて。」
「そんなことを言ってる場合じゃないんじゃ。」
着物の裾を翻しながら一回転してふざけはじめたドールに僕はツッコミを入れる。
「そろそろ許してやれドールよ。」
シロもやれやれと言いたげに促す。
「全く。バラすのは興ざめなんだけど。」
むくれるドール。なんでこう遊び心にあふれる神様が多いんだろうか。
「で、何があったのじゃ。この城のこの騒ぎ。ただ事ではあるまい。」
シロは真剣な声色でドールに問う。
「まあ、隠せないよね。」
ドールは諦めたように認めた。
「あのね。冥府の門はこの屋敷と別に中腹にもう一つあるの。私が神の力で結界を張っておいたから普通は破れるはずはないんだけれど。イレギュラーね。あの門は、冥界の責め苦に耐えきれなくなって自ら自我をなくして化け物と化した者たちが押し込められている領域に通じているから。」
「⋯⋯ というと。」
サクラが怖い物見たさとでもいうべき感情をむき出しにして恐る恐る尋ねた。
「おおーん。おおーん。」
それを遮るように、大きな咽びごえが聴こえてきた。
それは、禍々しくて不気味で、この世のものと思えない。つまりは冥界の化け物と言われて納得のいく恐ろしい声だった。
「其の門が破られたようね。化け物どもが溢れ出してしまった。彼らは死んでいるけれど生きている。だから、生者への憎しみを積もらせている。あのままにしておくと、地上の街に莫大な被害が出てしまうわ。だからお願い。あいつらを止めて。」
「ドールはどうするの。」
「私は門を閉じるわ。蛇口が空いていたら、どんなに消そうとしても消えないもの。だから、溢れ出たぶんは任せるわ。全力でぶっ潰してあげなさい。」
「いや、でも僕らは普通の人間で⋯⋯ 。」
「神と一緒にいる奴が何世迷いごとを言ってるの。神の力、思いっきりふるっちゃっていいのよ。地上に被害が出る前に、食い止めること。いいわね。」
ドールはこちらに人指し指を突きつけた。
「でも、自分の正体を隠す意味ある? 」
屋敷の人たちはみんなドールの配下だろうに。
「うちの子達じゃ、あいつらには勝てない。でも、冥界の番人たちをこちらに連れてくることも無理。混乱どころの騒ぎじゃ済まない。だったら知らせる意味ないじゃない。私はあの子たちに危険が降りかかってほしくはないんじゃから。」
ドールの言葉が変化し、年を経たものへと変わったのは、一つの界を司る者としての自負を再確認するためだろうか。真剣な表情で、僕らの顔を順々に見るドールは紛れもなく神様だった。
僕ら4人はその覚悟に圧倒される。唯一通常運転のシロも唇を釣り上げてにっと笑みを形作った。
「わかった。化け物たちは僕たちがなんとかする。」
僕が代表して、答える。一人じゃ不安だけど、僕らの仲間は頼もしい。神様同士の戦いでさえ、結構いいところまで行ったんだ。冥界の化け物など何するものぞだ。
「ならば、頼む。下まではわしが送るので安心して。」
「えっ、神様の力でも人は運べないんじゃ。」
「冥界へ移動するにも何をするにも飛ばす術は必須よ。わししか使えないけど。」
ドールはその西洋人形の如き美貌で複雑そうな顔を作った。
「さて、時間もない。下のことは頼むわ。」
ドールが腕を動かす。暗い色の空間の歪みが生じた。
「ここを抜けると現場よ。」
その言葉を聞いて、サクラは勇みたつように、イチフサは自分を鼓舞するように、ユウキは真剣な表情で、シロはいつものように飄々としてその歪みの中へ歩み、転移していった。
僕は歩みだす前にもう一度ドールとオソレの顔をみた。
ドールは不敵な顔つきで、オソレは不安を隠しきれず手を胸の前で組んで、こちらをじっと見つめていた。
「まあ、任せといて。」
僕はそう捨て台詞を残して旅立った。視界の裏で、オソレが深々と頭を下げ、ドールも少しだけお辞儀をしたのが見えたような気がした。
⋯⋯五章に入ってから展開が迅速すぎじゃないかな。もっと遊びを入れて行きたいんだけど、だめ?




