恐山
門の横には小さな通用口があった。⋯⋯ この大きな門、意味なくね。そんな感想は思考の隅に置いておいて、とりあえず、その小さい方の入り口を叩く。
「頼もうー。」
大時代な門だからかどうか。古風な呼びかけをしてしまう。悪くはないとは思うけど、なんだか恥ずかしい。自分で使って、自分で羞恥心を覚えるなんて世話ないな。
ほどなくして、返事がして扉が開いた。よかった。問題なかったみたいだ。門を開けたのは少し顔の青白い普通の人だった。こんな変な門の中にいる人だから、ツノがあったりしても驚かなかったとは思うけれど、普通の人で安心した。
「なんでしょうか。」
その人の顔には不信感がありありと見えた。まあ、普通の人はこんなとこまで来ないよな。なんで二日もかけて登るんだよ。僕たちぐらいに違いない。⋯⋯ しかし、シロの意味深は、山神がいると言う意味ではないのかもしれない。いや、この館は山神の館そのもののような気もするが、こんな大きな建物を建てることをよしとする山神はいないのではないだろうか。⋯⋯ 頂上が狭い山が多かったからかもしれない。でも、山神が側仕えを欲するとは思えないし。
どちらかと言えば、西遊記の牛魔王系統の引きこもりのような気がする。いや、噂なんて聞いたことないので本当かどうかわからないけど。山しか歩いてないのに噂話を知るはずもないのだ。⋯⋯ 情報収集能力がないのはダメかもしれない。シロが知っているようだから、気にすることはないのだろうけれど。
この建物はなんのためにあるのかなど、今度こそ情報収集に努めようとしたのだが、相手はそれすら嫌がっているようで、微妙な返事しかもらえなかった。さすがにこれだけで引き下がるわけにはいかない。⋯⋯ だって、気になるんだもの。山にある事象であるならば、僕の興味の対象だ。
そのまま押し問答を繰り返す。
「どうしたの。」
鈴の音のような静かに響く声がそれを止めた。
「おっ、オソレ様⋯⋯ 。」
恐縮したように最初の人はそちらへ向けて頭を下げた。
足音が近づき、その人の姿が露わになる。
肩よりも長い黒髪がきっちりとした和服に乱れずにかかり、冷たい表情も合わせて、無機質な日本人形を思わせた。
「⋯⋯ 山神三人に、人間二人? どう言う組み合わせなの。」
少しだけ驚きを見せてオソレと呼ばれた人はこちらを正面から見据えた。なぜだかわけのわからない震えが襲う。目の前にいるのはたおやかと言う言葉さえ似合うほどの美人なのに、恐ろしいと言う思いとともに震えが治らない。
「落ち着け。なんでもないわい。」
僕の背中をシロは力強く叩いた。気が入る。本能的な恐れに立ち向かう勇気が湧いてくる。シロは僕らの精神的支柱だ。元気付けられて、奮い立たないわけがない。
「大丈夫。」
左手をユウキがぎゅっと握る。彼女も震えは覚えているようで握る手に込められていたのは弱々しい力だったけれど、それでも心強かった。
「恐れることはないわよ。ただの、特殊能力に過ぎないんだから。」
「そうです。」
経験豊富でない方の神二人も、僕たちを励ますように言葉を作った。そのまま、僕らの横へ、僕らを守るように移動する。
「事情はよくわからないけれど、いいチームのようですね。」
それを見て、オソレは少しだけ表情を和らげた。
「私の怖れの力に抗する力があるのならば、私の主人に会ってもいいかもしれません。」
自分一人で納得するように、オソレは頷く。⋯⋯ この子も結構な実力を持ってそうだけれど、主人がいるのか。怖いな。
「わしのことを覚えておるのかはわからぬが、シロじゃ。こちらは左からサクラ、剣、ユウキ、イチフサじゃ。あやつに会わせるのならば、止めはせぬが、最悪の事態にはならぬようにな。」
「最悪の事態にするほど、私の主人は短慮な方ではありませんよ。申し遅れました。私は、オソレと言います。冥界との連絡役をしております。どうぞよしなに。」
シロの紹介で、オソレの態度は劇的に変わった。挨拶って大事だなと言うべきか。冥界ってなんだと問うべきか。
「ところで、オソレって、山神様なの?」
気になることを其のまま尋ねた。口調が砕けているのは仕様です。なんだか、ほかの山神様達とは雰囲気が違ったから恐る恐るだけど、多分許してくれると思う。神様はだいたい心が広い。
「ええ。私は山神の端くれですよ。もっとも、ヤーンを主神と仰いでいないのが違いといえば違いでしょうか。」
オソレはにこりと微笑んだ。いちいち動作に恐ろしげなキレがあるところを除けば、非常に美しい女性であろう。
「ヤーンじゃないんだね。」
ユウキは少し不思議そうだった。
「私の主神はドール様。死の神にして冥界の管理者。」
なるほど。聞いたことがあるような、ないような。僕の知らない神様もまだまだいるのかもしれない。
「そして、ここはドール様の館。地上にある唯一の冥界。ようこそ、死の支配する領域へ。」
⋯⋯ 思ってたよりここ物騒だったんだけど。イザナギ並みの大脱走が必要なのかもしれない。もしくは、ここの食事は一切とってはならないとか。
「そんなことはないので安心してください。」
彼女は慌てて打ち消した。⋯⋯ まあ、いつものように自分たちの保存している食材で料理を作ればいいだけだから、気にしなくてもいいはずだ。
オソレは、おそらく信頼に足る神様だし、何よりシロが平然としている。無問題と考えるのがいいだろう。
付与恐怖という特殊能力を持つオソレ。普通の人ならちょっと見ただけで逃げるか気絶したくなります。剣とユウキがなんとかなってるのは仲間たちのおかげですね




