プロローグ
朝の光線は柔らかい。漂う朝霧を通過する間に鋭さを失ってしまったのだろう。それはテントの中を明るく照らしだし、一日が始まる。
湯けむりが煮立つ。とろけそうな匂いがこのひんやりとした曙の空間に溶け出していく。
即席の小さなテーブルにことりと三つ、素焼きの椀が置かれた。
「召し上がれ。」
黒髪の少女が、他の二人に声をかける。
「いただきます。」
少年は目を輝かせてそう言った。
「ありがとの。」
白髪の幼女は年齢不相応に歳を経た口調で労う。
二人が食べ始めたのを少女は満足そうな顔で見つめる。そして、思い出したように自分も手を合わせた。
3人とも食べ終わった。テキパキと後片付けが始まる。この作業をもうなんどもやってきたとわかるような、慣れた動きだった。
白髪幼女の腹のあたりにテント、テーブル、食器、調理用具が吸い込まれていった。まるで四次元ポケットのような様子だが、誰もツッコミを入れる様子はない。
この山の上の広々とした原に、人が泊まっていたという証拠はもうない。ただ、少しだけ折れた草だけが、それを教える。
彼らはそのまま尾根道へ続く下草の薄くなった緩い坂を登り始めた。
遠くに山がいくつも見える。霞んだ中に何重にも重なって山脈が続いている。
陽の光は徐々に強くなり、この山域を照らし出した。
尾根の上で、先ほどのパーティの面々は目を細めた。
先頭を行くのは少年。山を歩くのが楽しくてしょうがないかのように弾んだ足取りだ。彼の名は石鎚剣。せっかく異世界に来たというのに、登山にかまけている。彼にとっての山は文字通りの生き甲斐だ。
二番目は少女。彼女の名は東月ユウキ。異世界を救い、異世界に囚われた少女だ。これについてはあとで話そう。
最後尾にふわふわと浮かんでいるのは山神であるシロだ。着るもの全て白で統一して髪も肌も真っ白い。白という概念の具現と言ってしまっても差し支えあるまい。これでもこの世界の神の一人である。その中でも古株で、かなりの影響力を持っている。本来ならばこんなところで人間二人と旅をしているような神ではない。
3人は時々休憩を取りながら、楽しそうに足を進めている。
日は高くなり、ふいと見上げた剣のまぶたに若葉の薄緑の後ろから光が直射する。一陣の風が吹き、葉色が移り変わって美しい。ちょっとしたことで簡単にテンションが上がることに定評のある剣の足取りが軽くなり、それを見て嬉しくなったユウキも自然と足早に、しまいにはシロも歩調を合わせた。いいトリオであるのは間違いない。
最後のひと吹きとばかりにいたずら好きな風がユウキの黒髪とシロの白髪を渦巻くように跳ねさせた。
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「暇ですねー。」
木々のまばらに生え揃う山頂の上。社のような建物の側面の床に腰掛けて、犬のような耳を生やして小袖に緋袴を纏った黒髪の少女は呟いた。
「くうん? 」
彼女のそばで何かを言いたげに白犬が首をかしげた。
「何か起きないですかねー。例えばシロさんが突然訪ねてくるとか。」
白犬の耳を無意識の動作でかく彼女は心ここにあらずと言った様子で、ぼうっとしていた。
沈みゆく太陽が豊かな木々に恵まれたこの山域を照らし出す。空では赤い光線は山肌では白になって眩しい。
「今日も同じ一日ですね。」
どこか諦めたように言った彼女は、立ち上がって社の中に入って行った。
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風が吹いている。山頂付近の温度を容赦無く奪う強い風だ。折り目のついたプリーツスカートが捲れる。桜色の艶やかな髪が左右に流れる。
「全く何なの。こんなのうっとおしいったらないわ。」
目じりをあげて彼女は吐き捨てた。
「私の山の上で勝手な真似をするのは許さない。」
彼女の感情の高ぶりに合わせて、後ろの火口が煮立つ。
どごん。派手な炸裂音とともに噴石が風に逆らって飛び出した。熱風と元々の風が拮抗し、外へ押し出す。彼女は楽しそうな笑みを浮かべてそれが山の中腹あたりに着弾して爆発する様を眺めた。黒い山肌はこの山の噴火の頻度を如実に物語っていた。
二話から一人称になります。無駄な思考の多い主人公の話です。