宝石4
本当にこれでいいんだろうか。
部屋で休みながら、僕は守りきれた指輪を眺めてきた。どこかで落としていても不思議じゃなかったからほっとした。
指輪は日本のものより少し大きいかなと言うくらいで大差はなかった。この星の冶金技術は進んでいるらしい。もしかしたらオスカーの広めた技術なのかもしれないけれど。⋯⋯ オスカーくらいの発明家なら、どっかの国が確保に向かっても普通どころかお釣りがくると思うけど、あの人はそう言うの嫌がりそうだな。今もあの街にいるらしいし、義理堅い性格なんだろうと思う。
指輪の先には白く輝くダイヤモンドのようなもの。かなり劣化していることは否めない。でも、一番あの最硬の鉱物に近いものを選んだ。やっぱり結婚指輪といえばこれだろうと思うから。
で、どうしようか。本当なら、街でそれっぽいいい雰囲気のレストランなんかを見つけて食事して渡すみたいなロマンチックな感じにすべきだったと思うが、今の僕らはもう街に行こうとは思わない。このプランはダメだ。プランというのも憚れるような杜撰な考えのような気もするのでこれで良かった。イメージだけで考えていた感がすごいからな。失敗するのが目に見えている。
まず、期間は置かないほうがいいだろう。できれば今日のうちがいい。二人きりになれれば最高だ。
うん。夜だな。夜にしよう。それでいい。
サクラには、彼女に似合いそうな髪飾りを買ってきた。桃色の透明な石が細かくカットされた手のこんでいそうなものだ。桜の花に似た意匠で、彼女にぴったりだと思った。
あと、シロにもお酒をこっそり買ってきた。二人に贈り物をしたら多分拗ねるのがシロだ。酒豪だというのは良く知ってる。早く買っておいてよかった。あんなことに巻き込まれるとはさすがに想像できない。
とりあえずはイチフサに預けていたお酒を取りに行くか。
「私もついていきます。」
彼女の部屋で、当然だと言いたげに、イチフサはそう言った。
「僕が届けてもいいのに。」
「私も買ったんですからね?!」
そういえば一緒だったな。色々ありすぎて頭から少し飛んでいた。
「やっぱり私の扱いひどいですよね。」
「そんなことはないはず⋯⋯ 」
言い訳を図る。この頃イチフサとばっかり喋ってるし酷くないって。
「サクラさんとユウキさんに失礼ですよ。」
扱いを良くしたいのか悪くしたいのかはっきりしてくれ。
2人で連れ立ってシロの部屋に向かった。
「シロさん。いますか?」
イチフサが部屋のドアをノックする。
「なんじゃ?」
すぐに応えが来て扉が開いた。普段と同じような顔をしたシロが顔を出した。
「シロ、いつもありがとう。」
「尊敬してます。」
2人でお酒を渡す。一升瓶に入ったお酒は量もたっぷりだ。
「ありがとう。嬉しいわい。」
「ひょっとして僕らが渡そうとしていること、わかってた?」
「読心能力オフ機能が欲しくなったとだけ言っておこうかの。」
神さま相手にサプライズはできないらしい。ドッキリを仕掛けられても驚かないけどサプライズでは驚けないというのは力には良し悪しがあるという証拠なのかな。
「ともかくお主らの気持ちは受け取った。じゃから、安心して本命に行くのじゃ。」
そう言ったシロの声音は柔らかで、僕らの背中を押すようだった。
僕とイチフサは頷き合う。
「私はユウキさんの方から行きますから、あなたはサクラさんの方から行ってください。」
「わかった。」
もう何するか読まれてるな。仕方ない。イチフサはこっちの便宜を図ってくれるし、いいだろう。
サクラへの贈り物を握る。
これを買った時点で、僕の気持ちは確定したのだろう。サクラの思いに答えようと言う方向へ。正直、言語化してしまうのは難しいけれど、それでも僕は、サクラにどうしようもなく好意を抱いてしまっている。それだけは確かだ。気が強いところも、照れ隠しをしてしまうことも、時々見せる可愛らしい表情も熱すぎる心音も全て知っている。だから、たまには歩み寄ってみようと思うのだ。
「どうしたの、剣。」
いつもの通りサクラは自分の部屋にいた。この頃は炎を出すこともなくなり、晴れて個室を手に入れているのだ。二階に5部屋あってよかったぜ。
サクラは不思議そうに僕を見ている。これは察していないな。神様の読心力があるはずなのに、この察しの悪さ。さすがサクラと言ったら失礼に当たるだろうか。
「サクラに渡したいものがあるんだ。」
ここにきてようやく彼女は察したようだ。顔が真っ赤になった。
「いや、その、覚悟はしといたけど、やっぱり嬉しすぎてあの、明日とかにしない? 」
サクラは思いっきりテンパっている。僕だってそれなりのためらいとかを乗り越えてここまできたけれど、サクラのこの様子を見たら、落ち着いた。
「今、お願い。」
正面から、サクラへ言葉を送った。
「わかった。」
すっと彼女は僕を見つめた。ここら辺で落ち着く様はさすが神様とでも言うべきだろう。⋯⋯違う気もする。
「サクラ、今まで、ずっとありがとう。これからも、僕の隣で一緒に歩いて欲しい。」
僕は彼女の手に髪飾りを握らせた。贈り物用の箱を用意できなくてごめんなさい。
「剣、私、一緒にいてもいいのね。迷惑じゃないのね。」
サクラは勢い込んで尋ねた。
「もちろん。」
そんなわけはない。サクラが一緒に旅をしてくれたおかげで、たくさんの楽しいことに出会えた。
「よかった。本当に嬉しい。」
彼女は、顔をほころばせ、そのままクシャリと歪めた。涙が落ちる。
「大丈夫? 」
「っ嬉し泣きよ。」
目元を拭ってあくまで激しく彼女は言う。こんなところでも彼女らしい。
「つけて見せてよ。」
「いいわ。」
こちょこちょといじってこちらを向いた彼女の桜色の髪に、銀枠の縁取りと少し濃い桃色の花びらがついて揺れた。
「どう? 」
頬をかいて彼女は首を傾けて見せた。
「似合ってる。綺麗だよ。」
繕う必要もなくて、僕の口は考えたことをそのまま紡いだ。
「ありがと。」
サクラはもじもじしてこちらに目を合わせようとしない。いつも自信満々な彼女からは考えられない態度だ。
「どうかしたの?」
「⋯⋯でも、剣は、どこまでいってもユウキに一途なのよ。」
認めたくなさそうに恐る恐るそれでもサクラはその言葉を言い切った。
「それは⋯⋯。」
「知ってる。当たり前だって。この前背中を押したのは私だしね。」
「ならどうして。」
そんなに悲しそうな顔をするんだ。言葉を続けようとして思いとどまった。それを聞くのは卑怯な気がした。
いきなり、後ろの扉が開いた。
「いいよ。サクラ。勇気を出して。」
入って来るなり放たれたその言葉は彼女の名前を象徴するもので。それは確かにサクラの心を打った。
「好き。」
単純に一言だけ口に出して彼女は僕の唇を奪った。
ついに行きました。ユウキに勇気をもらったら、奮い立たないわけにはいきません。
そして、剣はめんどくさい




