宝石3
前話にはなにもなかった。いいね。⋯⋯ あと、剣とイチフサが貴族っぽい人に炎の槍を撃たれているシーンから始まります。(どう考えてもネタを入れる場所を間違えてますね。全ては四月馬鹿が悪い
ユウキなら多分魔法の大元を狙って切って無効化できると思うけど、僕がそんな達人技を繰り出せるはずもない。走って逃げようにも、そのまま後ろから焼かれる未来しか見えない。何度目かわからないが詰んでる。街に来てからどうしようもないこと起こりすぎじゃない? 助けて。
そんな僕の訴えも虚しく、炎の槍がまっすぐに迫る。範囲が広い上に速度もなかなかなんて、躱せるわけがないじゃないか。
「脳内で助けを呼んでも意味ないからの。」
落ち着いた声がした。
氷が僕らの目の前に落とされる。炎の槍は氷にぶつかって消滅した。さすがは彼女の氷だ。
「シロさん!」
「シロ!」
僕ら二人は興奮した声を出した。彼女は氷の上に浮遊していた。もしかしてずっと僕らを見守っていたんじゃないだろうかとちらりと考えた。ともかくこれで勝つる。シロがフジ以外に負けるところは想像できない。
「ぼさっとするんじゃないわい。早く逃げるんじゃ。」
シロは僕らを叱った。そうだった。安心しすぎていた。
突如出現した氷に驚いて右往左往する群衆と兵士たちを尻目に駆け出した。
シロも少し浮かんで付いてくる。後方の安全確認いらないなこれ。
さっきと同じように、兵士たちがわらわら湧いて行く手を遮るが、この前の修羅場を潜り抜けた僕らの敵じゃない。伊達に神様の中で三番目になってないからな。少しサクラとの違いに戸惑うが、イチフサの刀もすらっとして軽く、手によく馴染む。
いくつもの路地を曲がって巻くことを試みるもしつこい。引き離せない。なかなか優秀な兵士たちだ。その優秀さはもっと別のところで発揮してほしい。
「私たち、そういうんじゃないですから。」
聞き慣れた声がしたと思って見るとユウキとサクラが怖そうなおじさんたちに絡まれていた。下卑た目つきで、どういうことをしようとしているのかは想像がつく。刃物も取り出して、脅す気満々だ。⋯⋯ その二人に勝てると思ったら大間違いだけど。
「ユウキ、サクラー! 」
走りながら声をかける。
「剣! 買い物は終わったの?」
疑問形のユウキの声は驚いたように止まった。いや、全力で逃げてるからね僕ら。そりゃ見たら驚く。
「逃げるぞ。」
猛スピードでおじさんと二人の間を駆け抜ける。その間に僕が出した手をとってすぐさま一緒に駆け出したユウキはほんと以心伝心と言うべきだろう。ユウキの手にはサクラの腕が握られていて、引っ張られるように彼女も僕らと一緒に逃げることとなった。
一瞬で目の前から相手がいなくなったおじさんたちが面食らって戸惑っているような音が聞こえた。だが、すぐに、兵士の靴音に紛れる。ほんと優秀だな。あと、御愁傷様です。さすがに刃物を出していたおじさんたちを見逃すほど甘くないだろう。この都市の治安がいいのは、おそらく兵士の質のおかげだ。
「まだいける? 」
「一番疲れてるの剣さんでしょうが。」
イチフサに冷静に突っ込まれた。うん。今日は走りずめだったから、正直それはある。
でも、ここら辺で迎撃し始めると、周りに被害が出るのが容易に想像できるから、それはダメだ。兵士の人たちはただ命令にしたがっているだけだし。
「この都市から全力で離れるよ。」
「走って?」
「走って!」
「剣がそれでいいのならそうするかの。」
シロが頷いた。許可が出たってことだ。
「行こう。」
ただ走るだけで貴族から逃げ果せると言う記録を打ち立てたのは僕らが初めてなんじゃないだろうか。
ずっと兵士たちも追ってきてたけど、僕らがスピードを落とさずに山の中に入って駆け上っていくのを見て諦めたみたいだ。山に登っている日常が役に立ったのも初めてなのでは。どれだけ戦闘っぽいのなかったんだよ。結局ただ逃げるだけだったし。サクラとシロの火力があれば、都市まるごと滅ぼすくらいはできた気もするけど、そんなことしたら人間として大切なものを失ってしまう気がするので、波風立てずに逃げられてよかった。
「なんでこうなったのよ。」
息を切らしてサクラがぼやく。
「僕が言いたいよ。」
いやほんと大冒険だった。通常の冒険者ルートだったら誰得ツンデレを発揮しながら仲間になってくれそうな貴族だったなあ。すくなくともモブではなかった。絶対ちゃんと自己紹介してくるタイプだ。
「私たちはしょうがなかったですけど、サクラさんとユウキさんはなんであんなことになってたんですか。」
イチフサももっともなことを尋ねた。うん。それはそう。経緯は知りたい。
二人は最初は気まずい感じだったが、滅多にくることのない街の様子に気分が上向いて、いつの間にか話が弾んでいたらしい。イチフサがこの効果を狙って二人の同行を断ったとしたらかなりの策士だ。
そして、楽しくなって周囲への注意を怠ってしまった。そのままあのおじさんたちの一人にぶつかってしまったらしい。そこからはまあ、いつものやつだ。流れるような絡みで、責任を取れと脅された。どの世界でも、考えることは同じなんだなと変な感慨を抱いてしまった。
「とりあえず、もう、街には行きたくないね⋯⋯。」
ユウキがこりごりと言う雰囲気を丸出しにして、そう言った。
みんな大きく頷く。いつのまにか、僕以外も山をふるさとと捉えるようになったらしい。いい変化だ。僕は頷いておいた。
僕らの事情を話したり、シロが何をやっていたのかを聞いたり、なんだかんだ刺激的な場所だったんだなと振り返ることができた。ちなみにシロは上空から街を見物してたらしい。僕らをたまたま見つけたと言ってたけど、多分、こっそり見守っていてくれたんだと思う。ありがとうシロ。
撒いたとはいえ、追ってきていないとは限らないので、もう少し移動することにした。
そのうち日も暮れ、家を出して泊まることにする。結局僕らが街にいたのは一泊二日程度だった。もう街に出るのは諦めよう。山も十分楽しいよ。
街にいたの四話だけってなんの冗談でしょうね。




