宝石
酒場での情報蒐集は成功を収めたと言っていいんだろう。結婚指輪の風習やら売ってる店やら結構情報が集まった。僕も勇気を振るい起こして頑張った。何はともあれ日本語で話している人ばかりなので、心理的障壁はそこまでなかった。絡まれると仲良くなるね。ヤーンのかけてくれた不老は僕らの歳をこのままの状態に留め置くような効果があるらしいが、今の実年齢はどれくらいなのかよくわからない。召喚時点では17あたりだったけど、旅するうちに結構季節が巡っていた気もする。まあ、飲めないこともないだろうと安酒に付き合ってしまっても仕方はない。足元がフラフラしているけど、宿は階上だし、帰れないということはないだろう。
「酒臭いです。」
帰るなり、イチフサがいやそうな顔をした。
「なんでー。別にいいじゃん。」
ポワポワした表情でそう言うのはサクラだ。彼女はわりあい酒好きらしくてあんまり必要ないのに何杯も杯を重ねていて僕と同じくらいには酔っている。今日の部屋は僕とイチフサにサクラで一つ、ユウキとシロで一つだ。⋯⋯ この頃、ユウキと一緒の部屋になることが少ない気がするけど、被害妄想というやつだろう。じゃんけんはいつの時代でも平等だって信じてる。
吐くほど酔ってはいないので、五人で集まって、明日のことについて相談する。
「僕は、最初の予定通り、店に行こうと思うけど、みんなはどうする?」
「お金は、渡しておいてもいいかの? 」
「まあ、さすがに気をつけてれば大丈夫だと思う。」
盛大にフラグを立てた気がするけど、気のせいのはず。すられるなんてありえない。
「なら、わしは別行動させてもらうわい。色々見てみたいものもあるしの。」
「了解。」
シロと一緒じゃないのは不安だけど、あんまり頼ってもダメだとは自覚しているからたまにはシロにゆっくりしてもらうのもありだな。
「私は剣と一緒に 」
「私も。」
「2人はシロさんと一緒に行った方がいいと思うんですけど⋯⋯ 。」
たしかに贈るものを選んでるところを見られるのは何というか恥ずかしい。
「剣さんは、私が見張ってますから。」
なにその不審人物扱い。酷くない?
「贈り物は楽しみに待ってるものですよ。」
イチフサはそう言って笑った。
なんだか裏がある気もするけど、助かったので小声でお礼を言っておく。
「⋯⋯ 私も個人的な買い物がありますし。もらえないとシロさんが拗ねそうです。」
流石にシロはそんなに子どもじゃないと思うけどなあ。
「わかった。イチフサと行く。」
「行きましょう。」
なぜだか知らないけど、彼女との交流も増えたなって。気のおけない間柄になったからなのかもしれない。
「どうする?」
「どうしよう。」
ユウキとサクラは顔を見合わせて困っていた。
「二人は二人で何か買ってくればいいと思いますよ。剣さんなら何をもらっても喜びそうですし。」
イチフサの成長が著しいのか、シロが面倒くさがりなのか、僕のリーダーシップがないのか。イチフサの仕切りで方向性は決まった。
あくる日、僕はイチフサと二人で賑やかな通りを歩いていた。昨日決めた通りに別れてそれぞれ街をぶらつく。
「そういえば、イチフサってお金持ってるの?」
何も言わないのは気まずいので、そんなことを聞いてみる。聞いてみたところで不躾だったかと少し後悔した。
「持ってますよ、失礼ですね。」
「それもそうか。」
お賽銭とかだろうな。神社は儲かるとは言わないけど、神職さんが生活できるくらいの賽銭は確保しているところがほとんどらしいし。
「ちなみにイチフサは何を買うんだ?」
「聞きまくりですね。剣さんの買うものによって臨機応変に行きますよ。」
はぐらかされているような気もするけれど、突っ込んで聞くのもなんだかなって感じだ。
どんどん街の中心部に近づいて行く。
順調な道のりだ。あと少しすれば、店につけるだろう。
「剣さん。⋯⋯ いえ。なんでもないです。」
イチフサが少し足を止めて、僕を呼び止めた。だが、すぐになんでもない風を装って、歩き出す。こういう時に神様の読心術が欲しくなる。でも、今回のはわかった。彼女の視線が立ち止まってひところへ向かったのを理解できた。
「食べる? 」
「こんなところで察しの良さを発揮しないでくださいよ。」
イチフサは呆れた風を装っていたけど、隠した尻尾が揺れていた。
彼女は街に行ったことはないと言っていた。街で売ってる食べ物に興味を惹かれるのも無理はない。
「でも、私たちには、贈り物を買うという目的があります。」
「日頃のお礼という言葉をこんなところで使っていいかわからないけど、僕が買いたいんだ。一緒に食べよう。」
「こんな時まで邪念がないのは本当にすごいですよ。⋯⋯ ああもう。わかりました。食べましょう。」
イチフサは折れた。こちらに気を使ってやりたいことがやれないってのは絶対にダメだと思う。イチフサも大切な仲間だから、こういう機会に少しでもお礼をしたい。
真ん中に輪の空いたサクサクした菓子を頬張って、イチフサは嬉しそうな表情をしている。僕もかじってみる。サクサクとしたクッキーみたいな食感で、その中には、甘い練り物が込められていて、結構食べ応えがある。見た目だけならドーナツみたいだったんだけど、味は全然違って不思議だ。何はともあれ美味しいのは間違いない。
「こんな食べ物も、あるんですね。」
ほうと息を吐いてしみじみとイチフサは言った。
「そういえば、シロにも何か買っておきたいな。」
「いいですね。何にしましょう。」
「なんかこの前、酒が飲みたいって言ってた気がする。」
「シロさんめちゃくちゃ飲みますからね。」
「今のうちに買っておこう。」
「そうしましょう。」
僕もイチフサもシロへの感謝を抱いて生きている。話がまとまるのは当然の成り行きだった。
昨日泊まったところより幾分上等な店を見つけて、ひと瓶買っておいた。イチフサの空間に収納して、これでいいだろう。
じゃあ、ユウキとサクラへの贈り物を選ぼうか。
やはり指輪は高級品らしくて、基本的に身分の高い人に売られているらしい。だが、結婚指輪の習慣も一般的であることから、貴族が来店しない限りはきちんと対応してもらえるということだった。よっぽど運が悪くなければ大丈夫だ。
だが、フラグを立てるのはいつものことで、聞いていた店の前には人だかりができていた。帯剣した護衛兵に囲まれた質の良い服を着た男が、牛車から降りていた。かちあってしまったらしい。⋯⋯ 牛車なのはイメージ壊れるからやめてほしい。せめて馬車にしてくれ。なんでそこだけ異世界要素出すんだよ。どう考えても無駄な部分じゃん。
「仕方ないですね。しばらくしたら戻ってきましょう。」
イチフサの言葉に頷く。貴族に接する上でのルールなんてわからないし、無難に騒動の元は避けて行くのがいいだろう。
僕らはその場から離れる算段をつけた。何事もなかったように引き返すのはさすがに不自然なので、ちょっと見物客に紛れて様子をみる。
「おっ、そこのお前、俺のものにならないか。」
でっぷり太った経済力のありそうな男だった。彼はイチフサを目ざとく見つけ、すぐにそう言った。⋯⋯ その即断即決能力だけは評価しないといけない気がする。
「⋯⋯ 私ですか? 」
イチフサは自分を指さして首をかしげる。そうだね君だね。これでもし僕に対して言ったとかだったら尻尾を巻いて逃走してやるよ。まあ、イチフサは神様で、犬耳は隠してるし、黒髪ミディアムの可愛らしい美少女だ。神様級の美人はそうはいない。うん。見る目確かだなあの貴族。
「感心しないで助けてくださいよ。」
イチフサはじれったそうに僕の服を引っ張った。
「よし、逃げよう。」
そちらがその気ならこちらも即断即決だ。多分イチフサに任せたら殲滅できると思うけど、無用な騒ぎは起こしたくない。
「追え。」
「待て! 」
護衛兵たちが追ってきた。剣が随分と重そうだ。これなら楽々逃げられるな。⋯⋯ フラグ立てないほうがいいのがわかってるんけどこれは仕方ないと思う。現状分析大事。
石「助けて。恋愛関係が書けない。」
ド「好きだけど苦手なんでしょう。無理はするものじゃないわ。」
石「書きたいし書かなきゃとも思ってるんだけど、感情が乗り切った話はみんなと真剣に向き合わないといけないから。あと、剣が自分がどうしたいかわかってない。」
ド「鈍感系ってやつね。」
石「そうじゃないからそうであって欲しいというか。まずお前は一夫一妻制に凝り固まった考えをどうにかしろと天の声をかけたい。」
ド「やめるのよ。」
石「わかっちゃいるけどじれったいぞこいつ。」
ド「それは同意するわ。」




