市房6
今期は宇宙よりも遠い場所をオススメしておきます(改稿した時期に合わせて変えていく
尾根道も広くなってきた。さっきまでのように一歩踏み外したら終わりという緊張感は味合わずに済む。命の危険と肉体疲労の等価交換だ。等価というところに疑問符がつくけど。
そのまま進んでいくとありえない光景が眼前に展開した。せっかく広くなった尾根が再び狭まっていった段階で嫌な予感はしてたんだけど、的中してしまった。
尾根が切れている。そこに谷が出現したかのようにバッサリと切り取られている。最下部までは200mはあろうか。目測して僕はそう判断した。そして、切り取られた尾根と尾根の間に大岩がかかっている。
こちら側の岩盤にフィットし、あちら岸でも同じようにはめ込まれ、かっちりと固定されている。だが、いかに固定されているように見えようとも、一人の体重が乗った時点で負荷がかかることなど周知の事実であり、それに岩が耐えられる保証などどこにもない。
まだ橋がかかっていたならよかったんだ。どんな吊橋でも結び目の確認をすれば必ず落ちないで行ける。しかし、かかっている岩はまさに岩。デコボコに富んだ僕たちが今まで越えてきたのと同じような種類の岩だ。つまり安全を期しながら、岩を登り、そして降りなくてはならない。降りる場所を間違えたらそのまま谷底へ真っ逆さまだ。普通ならそんなリスクは取れずやむなく下ってまた登ってくるしかない。しかし、こちらにはシロがいる。
「シロ、頼む。」
「しょうがないのう。わしじゃって二度手間はごめんじゃ。下って登るような意味のない行為に時間を割くよりはいいじゃろう。」
「ありがとう。じゃあ、ユウキから行こう。そろそろ岩を登るのにも慣れてきたことだろうし、こういうのは後の方がプレッシャーがかかるから。」
「わかった。」
ユウキは緊張した表情で頷いた。
「そう固くなる必要などないわい。わしがついておるからの。」
シロの言葉にユウキは頬を緩めた。しかし、すぐに緊張した表情に戻り岩に手をかける。うん。適度な緊張感は大事だ。
「いくよ。」
自分に言い聞かせるように小さく言って、ユウキは足を岩に乗せ、体を上へ運ぶ。少し危なっかしいが、悪くはない動きだ。昔教えた三点確保をきちんと守っている。シロはユウキの腰あたりに手をかけていつでも支えられるように準備中だ。まるで、用意できなかったザイルを腰に巻いているような安定感と安心感がある。
「やったー。剣ー、次いいよー。」
ユウキの姿が岩陰に隠れてからしばらくして、やっと渡り終えたらしいユウキの声が聞こえてきた。よかった。一安心である。
「剣、待つんじゃ。すぐ行くからの。」
シロの言葉はあったが、僕は待ちきれなくて岩に取り付いた。やっぱり適度な岩場は山行のスパイスだぜ。調子乗りは痛い目を見る、もしくは、慢心はダメ絶対。僕がこれらの言葉に出会ったのはいつだっただろうか。中学くらいでもう知っていたような気がする。
この言葉通り、自分の山での能力に調子に乗り慢心していた僕は何でもない、普段なら鼻歌交じりに行けそうな場所で足を踏み外した。
右側に落ちそうになった僕は、慢心からくる混乱のあまりあろうことか手を動かしてしまった。当然それは悪手だった。体を固定していた手足が三本外れ、残った左手では右利きの僕の体を支えることはできなかった。落ちる。尾根の太い亀裂に吸い込まれる。
どんどん近づく岩で尖った地面に死と大書されているのを幻視し、僕は意識を手放しかけた。そのとき力強い手が僕を抱きとめた。シロだ。多分、瞬間移動したのだろう。位置エネルギーが変換され運動エネルギーが増大、加速し、地面破裂寸前だった僕の体を腕を引きながら受け止めたみたいだ。
それにしてもそのバレーのコツみたいなことで受け止められるエネルギーなんて限りがあるだろうに。神様の不思議な力のおかげだろうか。作用反作用の法則を無視したかのように僕の体をダメージが襲ってくることはなかった。その代わり、シロは地面にへたり込んだ。どうやら、腕のダメージが深刻で回復に力を注いでいるため立つのも大変のようだ。
「先に行くのじゃ。わしは後で回復したら合流する。」
かすれたこれでシロは言う。
「ありがとう、シロ。」
万感の思いを込めた言葉だった。大口を叩いておきながらこのざまだ。シロがいなかったら死んでいた。いつもは冗談を言い合う関係だけど、やっぱりシロは僕の大事な守護神なんだ。日頃の感謝と自責の念と命の重み、いろいろな感情が頭を巡る。
「そう言われると素直に嬉しいのう。」
シロは柔らかく微笑んだ。そして恥ずかしくなったのか顔を背け、僕を急かした。
「早く行くのじゃ。それと道中気をつけるのじゃぞ。しばらくはお主らが死にかけてもわしには助けられんのじゃから。」
「肝に銘じるよ。」
僕はそういうと上を見上げた。岩が太陽をさえぎっている。。今にも岩そのものが落ちてきそうだ。ここにいると心臓に悪い。
「ユウキー。」
上にいるはずのユウキに届くよう声を張り上げる。
「大丈夫だったんだね。よかった。」
ユウキの声が残響を生み出しながら降ってきた。これが谷。ちょっと感動する僕。いや、そうじゃなくてだ。
「今からそこまで上がるから休憩でもしてて待っててー。」
「了解。早く登ってきてねー。」
ユウキの声の残響を聞き僕は谷を後にする。最後にシロを見ると早く行けとでも言うように首を横に振ってきた。
谷底からはこの山の尾根にあるまじき緩やかな下りカーブが続いていた。とりあえず、大きく迂回してから登るうちに岩橋の方に戻る感じでいこう。そう決めた。
落葉でふかふかな地面を踏みしめて僕は少しずつ高度を上げる。崖近くの尾根はすごく急峻だけど、そこから少しずれたら状況は変わる。尾根の太さが増す。どんどん緩やかになる。ある程度まで距離を稼ぎ、高さも稼いだところで方向を180度転換。
ジグザグに登るというよく見れば多くの登山道で取られている方式を使って高度を上げる。そして、30分ほど経って、僕はようやく尾根まで帰り着いた。よかった支尾根らしきものがなくて。あったら一瞬で道に迷った自信がある。ここは岩橋の上部だろう。ユウキはこの下にいるはずだ。せっかく登ったのにもったいないなと思いつつ降る。
思っていたよりも上部に出てしまったらしくユウキの姿を捉えるまでかなりの時間が過ぎてしまった。隣にはシロの姿もあった。よかった。回復したんだな。
「おーい。」
二人に向かって手を振る。二人はどこか呆れたように笑うと、
駆け足で登り寄ってきた。
「あんまり遅いからどこ行ったのかと思ってたけど、まさか上から現れるとは思ってなかったよ。」
ユウキは逆に感心したように言う。
「わしの回復までには合流しておるじゃろうと思っておったんじゃがのう。さすが剣じゃ。」
シロも感心の色の方が強い。いや、僕としては楽な道を取ろうとしただけなんだけどな。まあ、ここからまた登る必要があることを考えると逆に疲れるな。考えないようにしよう。
僕は二人に遅れたことを謝り、また登山が再開した。まあ、これが本当に最後のひと登りだ。すぐそばに見える山頂に向かって歩を進めよう。まあ、近くに見える時はなかなか着かないのも登山のお約束なんだけど。
サ「だから、前書きはそんなことを書くためにあるんじゃないっていってるでしょうが!」
石「ごめんなさい」
しゅんとする無生物
イ「そんなことより、ついに出番ですよー私。次回ですよ。嬉しいです。」
はしゃぐイチフサ
サ「よかったわね。⋯⋯ 私はまだまだだけど。」
イ「大丈夫ですよサクラさん。日本地図みましょう。私の場所からあなたの場所までそう遠くないじゃないですか。すぐですよすぐ。」
石「いやイチフサ、君そこまだ明かしてないから、最初の一字しか明かしてないから!」
イ「あっ」
石「あっ、じゃねーだろどうするんだよ」
イ「大丈夫です。薄々気づいていた人もいたでしょうし。」
石「鹿児島の人くらいだろ!そんな人口おらんわ!」
イ「⋯⋯ じゃあ、私のこと知ってる人もそんなにいないと?」
石「⋯⋯ 多分サクラより少ない。」
イ「おーぼーです。改善を要求します!」
石「仕方ないだろ。君は山奥に引っ込んでるんだから」
イ「むうう。」
ほお膨らませる彼女。
サ「勝ったわ」
石「いや、サクラも何張り合ってるんだよ」
サ「いや、ここで絡むのも多分最後だし、もっとグイグイいこうかってね。確か本編でも今の所絡む予定ないでしょ?」
頷く石
イ「そういえば私もこのあと出番予定されてないんですよね」
病んだ目になるイチフサ
サ「⋯⋯ 出してあげた方がいいんじゃない?あの子病んでるわよ」
耳打ち
石「善処します」
サ「政治家か!」




