岳沢
あれからさらに丸一日が経過した。緩やかな川のそばの道をひたすら歩いて、ようやくのことでホダカの山の麓までついた。彼女の上は雲に覆われていて見通せない。ホダカの機嫌が悪いと言うのも宜なるかなだ。
もう少しいけると思ったから、そこから少し高度を上げて、広い涸れ谷の上部を宿とすることにした。これより先は見事な崖となっていて、進めそうもない。明日行くのならば右の尾根への斜面だろう。
そろそろ残雪が姿を残しているくらいの高さになっている。ひんやりとした冷気が、家を立てているここまで降りてくる。
風の当たり方のせいかどうだか。よくわからないけれど、沢沿いの木々は互い違いにそれぞれの風を受けてその葉を揺らす。歯に当たる日の光の反射がその度に切り替わる様は非常に美しい。木肌の黒さと葉の明るさは好対照をなしていた。
上へ伸びる雪渓が山脈を白く染める。谷筋に残った雪が夏も溶けず冬に積もりというサイクルを繰り返して生まれる白い面だ。
その後ろには灰色の岩が何畳にも渡って立ち上がる。あの雪の谷を滑ることなく攻略したとしても、必ずこの岩に阻まれることだろう。何しろ、どう見ても雪の積もる場所全体の二倍の高さを誇る岩肌なのだ。岩登りをきちんと修めた人ならばいざ知らず、僕にあれが攻略できるとは思えない。
その上、ガス、霧、どちらの言い方でもいいが、つまりは雲の下層部がその岩場の途中から上を漂っている。これが示しているのは二つ。視界が利かないこと。さらに、岩が濡れて滑りやすくっていること。どちらにしろいい話ではない。雲は絶えず移動を重ねながらここら一帯を覆っている。雲がいなくなるという他力解決は望めないだろう。
全くもって晴れていれば素晴らしい眺めが楽しめただろうに。まあ、下と上を雲が明確に区分しているこの眺めが悪いかというと、これはこれで良いと思うが。
まあ、何が言いたいかと言うと風景描写だけで一話を作るのは難しいよねと言う話であり、そしてこの話の限界の話だったりする。
「⋯⋯ 何の話ですか。」
ヤリが目を眇めて横から覗き込んできた。
今日の料理当番はサクラであり、彼女以外は思い思いに時を過ごしている。外は風が気持ちいし、中は暖かい。
さっきまでは外にいるのは僕だけだったはずだが、いつのまにかヤリが外に出てきていた。屈むとその衿から肌が見えそうで、努めて彼女の顔の方だけを見るようにする。⋯⋯ ヤリは顔の造形も美しいので、それはそれで緊張するのだが、それは気にしないでおきたい。
「ところで、ホダカの機嫌をどうにかする具体的な方法ってあるの? 」
なんかふわっと案内されているけれど、僕らが行かなくちゃいけない理由も正直曖昧だ。いた、僕としてはいい山に登れるから別にいいんだけど。
「無策ですね。」
なぜか自慢げにヤリは言う。
「無策なのか。」
「そうです。」
「なんで笑ってるんだよ。」
「玉砕覚悟で突っ込むのも乙なものですよね。」
「本当に何も考えてないよこの人!」
ツッコミで息が上がってしまったんだが。
「もし最悪の事態が発生して、ホダカが襲いかかってきても私が守って上げますから。」
ヤリは見事な笑顔を僕に向けた。
「昨日も訓練しましたしね。」
「あれそう言うことだったの?!」
山頂に登るだけで勝負を挑まれたことの理不尽度は減じた⋯⋯ かなあ。微妙なところだ。
「まあ、なぐさめれば大丈夫と言う可能性もありますし、細かいところはホダカに会ってから考えればいいんですよ。」
山神様ってさあ、神様と言う割に思考回路が単純と言うか何も考えていないと言うか。そんな傾向を感じられるんだけど、どうしてだよ。もう少し超然として、全てを見通している感じでもいいんだぞ。⋯⋯ まあ、ヤーンとかはその傾向にあるとは思うけど。
せっかくだから相談しようと思っていたホダカのことだったが、ヤリが思っていた以上に何も考えていないことがわかっただけだった。少し僕の気が軽くなったから、悪いことではなかったと思う。
日が傾いてきてさすがに寒さを感じた。ヤリと一緒に家の中に入る。
扉を開けただけで暖かな空気が身を包んで一息をついた。何度でも言うけれど、家を携帯して山登りができるのは最高だ。ついでにいい匂いまでも漂ってきて素晴らしい。
「ちょうどよかった。ご飯できたわよ。」
僕らが帰ってきたのを見つけたらしいサクラが台所の方から声を飛ばした。
みんな集まって、夕ご飯の時間だ。サクラの作る料理は一風変わったものが多いけれど、どれも美味しくて僕らは気に入っている。今日もきちんと何品も作って、甲斐甲斐しく机に並べている。まるで新妻だなと少しだけ考えてしまった。いや、僕はユウキに躁を立てるから。ただの気の迷いにすぎないはずだから。大丈夫。
神様3人からは胡乱な目つきをして僕を見てくるし、サクラは照れた表情を浮かべていて可愛い。⋯⋯ ユウキだけ首を傾げてよくわかっていない様子だ。安心する。絶えず心の内を読まれるのは、少しだけ緊張するから。
料理は絶品だった。さすがサクラ。
準備することもあんまりないので明日のことを楽しみに、僕らは眠ることにした。
石「そういえばドールってどんな話し方だったっけ。」
ド「忘れてるじゃない。どう考えても大会が長すぎたのよ。」
石「それはちょっと後悔してるのでごめんなさい。スラムダンクがあそこで終わったのもしょうがないなと思うくらいには頑張ったよ俺。」
ド「わしのエピソードってあれの五分の一にも満たないらしいじゃない。そんなんでいいと思ってるの?」
石「瞳孔開くとヤンデレっぽくて怖い。」
ド「全てデレに分類するのやめた方がいいわよ。」




