槍の肩
あの尾根の話? ⋯⋯ 言いたくない。あんなにきつい尾根は初めてだった。まず最初は比較的緩やかだった。いや、緩やかに見えた。ただ、道を岩が塞いでいて、その間を縫う道を見つけていくのに時間と体力を取られ、抜け道を見つけることができないときは、岩を乗り越える作業。イチフサの山頂にたどり着くまでだってこんなに岩たっぷりじゃなかったぞと突っ込みたい。つまるところこっちに来てから一番岩に登った気がする。で、問題はこれがまだまだ序の口に過ぎなかったことだ。
徐々に傾斜を増していく斜面。岩も徐々に少なくなっていったが、それでもゼロじゃない。その上、尾根路はどんどん細くなり、しまいには、これ、馬の背でも歩かされてるんじゃないのかとでも言いたくなるような細さになって言った。いや、馬の背って全然余裕ないからな。あの背中に乗ってみろ。無理だろ。絶対落ちるだろ。その上を、左右どちらも落ちたら帰ってこれないんじゃないかと思うほど急な坂に挟まれながら、死ぬ気で行かなくちゃならないんだぞ。下手したら昨日の大会よりも緊張するわ。
現に何回か危ないことあったし。僕が足を踏み外しかけたり、ユウキが岩の上から落ちかけたり、サクラが落ちて、涙目になりながら登って来たり。⋯⋯ 一人だけ、手遅れになってる奴がいたけど、戻って来たんだから触れないようにしよう。そうしよう。
そんな尾根道が長いこと続いたんだ。そりゃ、終わったら一息つく。当然だ。なんであそこから一つも休憩に適した場所がないんですかね。独立峰ですかそうですか。そんじょそこらの独立峰なら絶対に途中に緩やかな場所作ってたぞ。ノンストップで駆け上がる標高差じゃない。もっと登山家に優しくなってくれ。
まあ、どんどん近づいてくるヤリの山が表情を変えるように色を見せてきて眺めは文句なしだった。左右が崖ということは遮るものがないことの証左でもある。
というわけで、現在いる場所はようやく見つけた平らな場所。頂上直下の俗に肩と呼ばれる場所だ。山を人に見立てたとき、山頂のすぐ下に平らな地形があったら、それは肩と呼ぶよねうんというノリで名付けられたものだと思っている。
みんな疲れているので、今日はここで一泊することにした。もう夕方だしね。半日仕事だった。でも、これでもおそらく早い方だ。あの尾根普通に一日かけて登って来てもいいくらいだった気がする。疲れからくる事故もあったことだし。
ここまで来ても槍の穂先は尖っていた。高さにして100mはありそうな岩の塊だ。いや、集合体と呼んだ方が正しいのだろうか。どうにかして登りたいが、難しそうだ。何と言ってもほぼ垂直、いかに僕でもそんなところを登るような技量を会得してはいない。誰かに頼めばいけないこともなさそうだけど、僕自身の願望を満たすだけに頼むのはなんというか、気がひける。
夕日が槍の穂先を染め上げて、真っ赤だ。切っ先だけで溢れるほどの存在感を放つその山は、僕の心を捉えて離さない。⋯⋯ やっぱり、あの山の上に立ちたい。強くそう思う。
山の肩の環境はほとんど頂上と同じだ。山の上以外の方向から強い風が吹き上げる。こんなところにテントを張ったら夜の間に吹き飛ばされそうだ。でも、家を建てるには足場がかなり不安である。テントならまだ足場は安定するから、やはりテントだな。
ヤリは、自分の頂上で過ごすらしくて、飛んでった。空間跳躍に関しては基本的に容認したくない立場だけど、これなら僕もやりたい。絶対行けない場所になら、使ってもいいだろと思うもの。
最近は大所帯になったせいで、テントを二つ作ることが増えた。チーム分けはグウとパーだ。いやだってわかりやすいからね。
今日は僕とサクラが一つのテントで、もう一つはシロ、ユウキ、イチフサという組み分けになった。
「剣ー。サクラと一緒だからって、羽目を外さないでね。」
ユウキがジト目で言って来た。
「なんの話だよ。」
「ナニの話だよ。」
思わずユウキの顔を二度見したけれど、すこぶる真面目な顔つきで、冗談を言ってるようには見えなかった。
「そんなに心配しなくても、襲ったりしないわよ。剣から来るんならべつだけど。」
サクラはそう言って肩をすくめた。
「ダメだよ。」
唇を尖らせてユウキは念押しをした。
「わかったよ。」
昨日の今日でそんな不義理なことはしない。大会の前だって、サクラと同じテントに泊まったことは何回もあったし、それとおんなじような感じになるはずだ。⋯⋯ いや、大会で僕らの関係は大きく前に進んだ気がするけれど。
でも、旅をする上では何もなかったと言い張るのが正しいんじゃないだろうか。
僕は一人で納得を作った。
料理は、野外調理、キャンプ飯級のものになる。まあ、家が立てられないんだから仕方がない。いや、キャンプ飯美味しいよ。ゆるキャン△見て来て。ヤマノススメよりも飯の描写が多いから。⋯⋯ 僕も女の子だったらこの話も、もっと人気が出たのかなあ。でももう男の人格は変えられないから、姿が女になったとしてもそれはただのTS娘にすぎないって。ここまで話を積み上げておいて今更路線変更なんて許されるはずもないから。
肉を焼いて、ご飯を炊いて、野性味のある味だった。どうしても昨日までのヤーンの料理と比べてしまうから、こんな感想になってしまう。いや、どっちがいいとかじゃないんだけど。どっちも美味しいし。
波乱はなし。今日はかなり歩いたから、みんな疲れていて早いうちにテントの中に入った。




