久しぶりの山だ!
何日連続更新だ⋯⋯ 。いけるものですね。
いやあ。山登りは楽しいなあ。僕はるんるん気分だった。ただ足を動かしているだけなのになんでこんなにも幸福感が生まれるのだろうか。不思議でならない。エンドルフィンの分泌にはまだまだ知られていない原理があるみたいだ。いやこんなしょうもない理由で幸福を感じさせる物質が分泌されるのは僕くらいなもんだと思うけど。
天気は相変わらずの快晴で、どこまでも青空が広がってその下に山々が見えて、さらに目線を下げれば今いる草の原っぱが輝く。全ての距離は違うのに、今僕の網膜でそれらは一つの映像として重なっている。それがたまらなく面白くて、楽しい。
相変わらず道はあるかないかだったけれど、今回はヤリのあとをついていけばいいのだから楽なものだった。彼女の足取りは確かで、もしかしたら彼女も時々自分の足でここらを歩いているのかもしれない。浮かんでばかりのシロもたまには下に降りてくればいいのに。
草原の上部に大きなピークが雄大で鋭い、鷲のような山容を広げていたが、僕らはその横腹を突っ切って、迂回した。⋯⋯ 登りたくはあるけど、ホダカのことを考えたらさすがにそう悠長にしてはいられない。そう考えて、僕はヤリの指示に従う。
「あの剣さんが⋯⋯ 。」
呆然としたようなイチフサ。
「成長したのう。」
感心した様子のシロ
「剣、何か変なものでも食べたんじゃないの。」
心配そうなサクラ。
心を読める神様たちは三者三様の反応を示した。
なに、そんなに僕が山の上を目指さないことがおかしいの。僕だって優先順位くらいわきまえてるってば。
草原を降りて、小さな川を渡って、大きな尾根の上まで登った。
やっぱり植物の背丈が小さい。下った時でも、かなりの眺めが楽しめた。右手に、氷のカールを山頂直下から大きく伸ばす横長で大きな山。左後ろに、先ほど登るのを避けた鷲のような山。真っ正面には斜面。近すぎて山の全景が見えないやつだ。僕は詳しいんだ。⋯⋯ そりゃ詳しくならないとおかしいのだけど。
こうしてみると、山の名前がわからないのはかなり悲しい。日本だったら、あらかじめ地図を調べて周囲の山の名前を知れるし、地理的感覚がちゃんとしていれば、遠くの山の名前もわかる。どう考えてもうざいから大声では言わなかったけれど、頭の中ではあそこは英彦山とかあそこは祖母山とか勝手に考えて興奮していた。
一回、みるからに自慢したそうなおじさんに山頂で絡まれてそこから見える山の名前について言い合ったことがあったけど、あれは撃退したというべきか良い遊び相手に出会えたというべきか。⋯⋯ 何やってたんだあの時の僕とあの時のおじさん。
あれだよ、ハンチョウみたいに無粋なのを知ってるから経験者は語らないべきなんだよ。経験者は経験者とだけ語り合っておかないと。⋯⋯ こっちにはそんな経験者みたいな人があんまりいないのは結構寂しいかな。
そのうち峠に達した。まだ日も高い。昼休憩としてユウキのご飯に舌鼓を打ったあとは、そのまま出発することにした。
真っ直ぐ登るのはやっぱり避けて、僕らは斜面を斜めに突っ切る。ここにも細長いながらもお花畑が広がっていて、白の花弁が下を向く花や紫の花弁がいくつか一本の茎にまとまってる花、黄色の小さな菊のような花が、それぞれ集まって咲いていた。他にも色々花はあって、山頂から吹き下ろす風に乗ってゆれていた。
鞍部から、少し登ると、天を点で突くような針にも似た鋭い山が、尾根を四方に広げて真っ正面に見えた。
タテの山で遥か遠くに眺めた時からその特徴的な山容で、僕の気を引いていた山だ。あんなに遠くまで来たのだと思うと感慨深い。
どう見ても険しい。今までの山とは一線を画している。山が全て岩だけで構成されているみたいだ。ここはまだ砂混じりの草原だが、おそらくあの山まで続くここから右に曲がる尾根道は、最初から岩が見えていて、ここからの道のりを示唆していた。
「あれが私の山です。」
そっとヤリは言った。
「いい山だね。」
僕は心からそう言った。あんな特徴的で鋭くて格好のいい山はなかなかない。直裁的にいうと好きだ。
「剣、そんな思いを所構わず振りまくのやめないとダメだからね。絶対痛い目みるからね。なんなら今私が燃やしてあげてもいいよ。」
サクラ理不尽すぎるだろ。なんでだ。好きだという思考の自由を守らせてくれ。俺は声に出して言ってないんだぞ。
「⋯⋯ それはそうだけど、やっぱり好きな人の前で他の山を好きって思われるのは。」
「だからそれはただのこの世界だけの特殊事例だから。普通は山は山でしかないから。神様とかいないから。」
⋯⋯ 僕らの世界にもシロ大人形態がいたことは考えないようにしよう。ややこしくなること請け合いだ。
「サクラ、大丈夫ですよ。私、決して勘違いしてなんて。」
「いや、その割にはほおを抑えてクネクネしてるわよね。」
「気のせいです。」
不審な動作はなかったとでも言いたげに、ヤリはキリッとした表情を作った。頰は赤いままだ。なんだか可愛い。
薄黒の巫女衣装を纏って長いポニーテールを後ろに垂らしたヤリは恥ずかしさを隠すように僕らをその次の尾根へ駆り立てた。
テンションが上がってタイトルにエクスクラーメーションを用いるなど。
というわけで、締めに登山をします。だから長いんだって。
これで、二百話です。この物語の主題みたいなものを書いた回なのである意味節目にふさわしいのではないかと⋯⋯ 。




