決勝5
体が削られていく。幾分頑丈にできているとはいえ基本は人間準拠な体じゃ。なんとか耐えねば。
「急所はひねって躱しますか。さすがはシロさん。」
驚いて少しばかり素に戻ったような声だ。評価してくれるのは嬉しいが、満身創痍どころの話ではない。貫かれた箇所を氷で埋めねば動けぬ。対してこっちはフジの片足は飛ばしておるのに、あやつ全然衰えておらぬではないか。
「まあ、わしは強いからのう。」
会話を持って時間を稼ぐ。止血に再構成じゃ。
「まあ、終わりにしますけどね。」
フジは上下逆さまにわしを見下ろす。全くもってやりにくいのう。考える頭がついていかんわい。とはいえ泣き言なんぞ言ってられん。
先ほどと同じく急加速するフジ。じゃが、潜る気配はない。まっすぐ向かってくる。これは、わしの頭狙いじゃな。さあて、どうするかのっ。
わしは頭から前方へ雪を噴射した。もちろんただの目くらましにしかならぬ。じゃが、同時に足からも噴射する。二点の推進力は混ざり合い、一つに力となる。すなわち、回転じゃ。腹を晒すことになるが、もし下に進路をとっておるのならその時はわしの負けじゃ。大人しく貫かれよう。
さあ体術の時間じゃ。大人しくわしの蹴りを食らうが良い。
雪の晴れた宙にフジの体もくるりと外回りに回っているのが見えた。⋯⋯ こやつ、後ろに回って切り取るつもりじゃったか。どちらの目論見も外れ、わしの蹴りは宙を蹴り、フジの刀も空を切った。ああ本当に厄介な相手じゃ。嘆息と興奮が同時にわしの中で生まれる。痛みはすでに意識から締め出して。願うのは勝利ただ一つ。
このまま回転を続けてもフジには届きそうもない。それを悟ってわしは逆噴射をかけた。回転を止めるためじゃ。そのままじゃやりにくいことこの上ないからのう。
フジはそのまま大回りをしてこちらに背中を晒した。急制動をかけてよかったわい。その背中もらうぞ。わしは刺突の構えをとって肉薄する。
ちゅどん。わしの足先。先ほどフジの体のあった場所から火山弾が降ってきた。好きじゃのう。じゃが、わしも学習済みじゃ。雪を噴射し火山弾の威力を弱めさらに加速。これで当たるはずがない。回転しながら落ちて行くフジの方へ方向を軌道修正する。体はボロボロでも、この場所なら動ける。いつもの重さがないからの。
直線的にフジの腹に二刀を叩き込む。確かに捉えた感触はしかし、わしの振り切る速度より速くに消えていった。同時に後頭部に衝撃。これは、刀によるものじゃろう。フジはわしの攻撃に合わせて体をもう一度急回転させたようじゃ。三半規管という言葉を覚えて欲しいのじゃが。とはいえ、この場では良い選択じゃ。後方回転斬りとして記憶に残るじゃろうな。⋯⋯ 負けたか。徐々に薄れゆく意識の中で悟ってしまう。悔しいのう。あやつらに顔向けできぬではないか。仇はとるとかなんとか。恥ずかしすぎるわい。
「終わりね。勝者、フジ。」
ヤーンの声が反響して聞こえた。
目が覚めるといつもの重力の中じゃった。ふわふわしておったあの空間は嫌いにはなれぬが、それでもやっぱりこうして地に根付いている感触には代え難いのう。少々雲が出て風も強くなってきた午後の空気の中で、わしは笑みを形作って立ち上がった。表彰式なんていう面倒なことをヤーンがするはずもなし。これに勝ったとしてもただの勝者としての栄誉しか得られない。じゃから、負けてもよかったのじゃと、余裕を残したくてわしはそう考えた。
しかし、様子がおかしい。普通こういう時は勝利者インタビューとかがあるはずで、その隣は敗者であり二位でもあるわしが必要だと思うのじゃが。
神経の繋がりが保持されていたのかフィードバックがかなりきて痛む体に違和感を覚えながら、わしは即席で作られたようなテントから脱出する。なんだか嫌な予感がする。主神関係でこんな細工がしてあるなどその予感の理由は確実にあれじゃ。ヤーンのアホがわし抜きで何かしようとしておる。タテが止めてくれておると良いが。
「じゃあ、準決勝進出賞として、あなたたち二人には老いない体を授けるわ。」
「ありがとう、ヤーン。」
素直なユウキの声が響いた。
「言質はとったわよ。」
「なにその悪そうな顔。」
「いやーあの、その、ね。」
「では理を書き換えましょうか。老いとは知らず 胞の更新は止む 幸いなるか不幸なるか 誰も知らぬ神秘の超越 その歩みは 終わることなし ジュネセ エハナル」
「やめるんじゃ、ヤーン!!!」
わしはその場に飛び出した。
「遅かったわね、シロ。」
白のトーガは風もないのに膨らみ、白い光があたりを昼日中のように染め上げる。ふわふわと舞うように飛び回るそれは居場所を見つけたように一斉に驚いて言葉も出ない様子の剣とユウキの中に吸い込まれていった。
「これからの世界はどうするんじゃ。」
ヤーンは主神じゃ。じゃがあんな理を捻じ曲げるような技を使って無事でおれるものか。必ずしわ寄せがくる。
「しばらくはみんなに任せるわ。明日1日くらいなら眠らなくて済むし。」
「それで、良いのか。」
「さすがにあんなことをさせておいて、なにもなしというわけにはいかないでしょう。私なりのお礼よ。」
「⋯⋯ じゃが、この前のようなことになったら。」
「安心しなさい。でも、そうね。オスカーのことはちゃんと見張っておいた方がいいかも。」
「あやつには邪念などないのではなかったか。」
「彼になくても、別の人に利用されることだってあるのよ。⋯⋯ そろそろ片付けに入るわ。語るのは全てが終わったあとで、ね。」
⋯⋯ 無責任じゃのう。ちらりとそんな感想が思考の端をかすめた。
でもまあ、なんとかなるじゃろう。この時のわしはあくまで気楽にそう考えておった。
最後にヤーンが爆弾を落として行った⋯⋯ 。




