準決勝二戦目 4
白い氷の壁が固まり、ユウキの姿はその中に消えて見えなくなった。
とりあえず大氷壁の落下を抑える。これは無差別じゃからの。下手をしたらわしも巻き込まれる。
これでやれるとも思えぬし、距離を取ることにするかのう。氷壁伝いに体をユウキの方へ向けたままわしは飛んだ。
音がする。ぴしりぴしりと、氷の裂かれる音が。やはり⋯⋯ 。
わしの危惧は当たっておった。
氷が十字に裂かれ、剣を振り切った姿のユウキが現れた。こちらを視認し、すぐさま飛び出してくる。顔の片側は凍りついて動かないようだが、もう片方の目は、まっすぐにこちらを射抜いていた。
中止しておった大氷塊の崩落を再開する。
バラバラと氷を巨大な雨のごとく間断なく降らせる。わしのおる場所まで辿り着かせるまい。その意志のもとに、何百となく落としていく。
普通なら、たった一人の人間など撃墜されてしかるべき砲弾の雨と見まごうばかりの光景。じゃが、ユウキには当たらぬ。
舞い落ちる葉を切れぬように、彼女のかわし方は芸術的じゃった。ヒュルリと身を翻すと、その背中のすぐそばを氷が落ちていく。例えるなら、あちらの世界の戦闘機の高速機動を見ているかのようじゃ。⋯⋯ あの世界、本気を出されるとわしらでも危うい兵器がたくさんあるみたいじゃからのう。交じわらぬように注意せねば。
それはともかく、彼女の進みは止まらない。捻った体は氷の上に飛び乗って、さらにそこから跳躍。わしが見ても、どのような技術を用いればあんなことになるのか全くわからぬ。イチフサが動かしていると見えるが、凄まじいものじゃ。
やむなくこちらからも氷を発射して迎え撃つ。上と横からの挟み撃ちじゃ。どちらかがおろそかになれば良いのじゃが。
しかし、やはり希望的観測に過ぎぬようじゃった。
前方からの氷を見ても、彼女の機動はそのままだった。ギリギリのところでわずかに避け、躱すのが無理でも切って捨てる。一つたりとも当たる気がせぬ。
間合いに入った。
空中に足場を作って、ユウキの踏み込みは強烈じゃった。彼女の足元でばんと空気が破裂した音が聞こえたような心地さえしたほどだ。
一瞬のうちに彼女の体が接近する。全身を使っての強打がわしの頭をかち割ろうとものすごい速さでくる。白刃がきらめいた。これは、受け切れぬ。双刀の方が折れてしまう。
じゃが。わしは負けられぬ。お主らの守り手としての責任は重い。お主らが大切じゃからこそ、わしは強くあらねばならぬ。
ともかく回避じゃ。わしは全ての飛行用の術式を切った。そして、自らの体を思いっきり下へ叩きつける。風魔法が作用して加速する。ユウキの剣の刃先が頭に侵入してくるのを感じながら、わしは落ちた。空中でなければ躱せんじゃったじゃろう。
わしの動きに対応して、切り込みを深くしたのは彼女のセンスというほかない。ギリギリ頭蓋を裂かれるだけじゃったが、血はかなり流れておる。こんな頭に近い場所を傷つけられては、じきにわしも終わりかのう。
じゃが、足掻かせてもらうぞ。落ちる傍、生成した氷を打ち上げる。追ってきたユウキはそれに正面から当たった。だが、当然切り裂かれる。⋯⋯つくづく 化け物じゃのう。
こちらの脳天にピタリと彼女の刀は向けられて逸れる気配もない。このまま貫かれるのがオチかの。心の何処かにそんな思いが去来する。
それでも、わしは諦めはしなかった。打開の策を練る。何も思いつかなくても考える。過去を振り返る走馬灯などいらぬ。未来だけを考えるものにこそ先は開ける。そう信じて。
ユウキの体から光が走った。白と赤の巫女服が、特徴的な耳が、そして尻尾が、淡く揺れる。
「そんな。」
「あと一歩なのに。」
二人の声が分離して聞こえた。
時間制限じゃ。あれほどの力、何らかの枷があるとは睨んでおったが、やはりそうじゃったか。
彼女たちは二人に別れた。いつもの服装のユウキと、巫女服のイチフサ。ユウキの腰にイチフサがしがみついて落ちている。⋯⋯ 何じゃろう。ただの墜落現場っぽいんじゃが。しかし、あの刀はそのままユウキの手にあって、こちらを狙っている。イチフサも自分の力の一部だけを刀に込めるすべを覚えたようじゃな。
「でも、これを決められたら、私たちの勝利。」
ユウキの心情が聞こえる。合神状態でなくなったからのう。読み取れる。そして、彼女の言葉は正しい。落下エネルギーが乗りに乗ったあの刀に貫かれたら、いかにわしといえども、死ぬ。
こちらが避けようにも、イチフサがついておる。軌道修正などお手の物じゃろう。
賭けじゃな。少しばかり格好はつかぬが、これしかなかろう。
「白く 白く 世界を染めよ 五色白界 」
予選で使った呪文じゃ。世界を白で染め上げる。ただ視界を奪うに過ぎぬ。じゃが、この中で、わしを見つけられるじゃろうか。そう。わしの居場所を見事刺し貫かない限り、お主らに勝ち目はないぞ。
大きく退避した。さあ、刺さるが良い。この白く染まった草原のどこかにわしはおるぞ。
わしの髪の毛を掏り取って、ユウキとイチフサは落ちてきた。すぐ横じゃ。肝が冷えた。五分五分と言いながら、見つからぬ自信はあったのじゃが。
ユウキは体が痺れてうまく立てぬようじゃ。ならば、終わらせようかの。双刀を錬成し、躍りかかった。
がきん。弾かれる。イチフサが、自分の手に刀を持って、わしと対峙していた。
「最後は、私が。」
どういうわけか霧の影響を受けていないようで、まっすぐにわしの場所を見据える。
「任せた。」
ユウキは離れた。彼女は何も見えておらぬようだった。
「今日、私は、シロさんを越えます。」
「楽しみじゃ。」
闘争心たっぷりに唸るイチフサに、わしは余裕を演じて、そう答える。
頭から流れる血が止まらない。意識が朦朧とする。それでも、わしは、お主らの保護者じゃ。負けるわけにはいかん。
イチフサの刀が揺らめく。何千何万とユウキの振る刀を見てきたからだろう。その軌跡は美しくて、非情だ。
ギリギリで躱す。イチフサの剣はユウキと同じ正道を行っている。ならば、わしは、邪道で応じるほかあるまい。
身をかがめる。小さい体をさらに小さくして、わしが狙うのは足じゃ。
イチフサの戸惑ったような攻撃を全て弾いて、左足を切りとばす。
代わりに、左腕が持っていかれた。身をひねってかわしたはずの頭狙いの一撃をかわしきれなかった。
左足を失ってなお、イチフサの所作は美しいままだった。静かに、剣が降りてくる。わしはその顔めがけて氷を吹きかけた。
近接戦が全てではないのじゃ。卑怯なのは認めるがのう。
剣筋が乱れた。まっすぐだった動きが斜めになる。力の入れ方を間違えてしまったのじゃろう。いきなり目の前に現れた氷の粒は、思考を鈍らすに足るものじゃろうから。
それを足で跳ね飛ばして、わしは飛び上がった。右手を回転させる。狙い過つほど未熟ではない。なで斬りじゃ。
イチフサの首が飛んで行った。
「そこまで。勝者、シロ。」
⋯⋯ なるほどのう。あくまで、イチフサが出場者というわけか。
膝をついて、意識を失わないように努力をしながら、わしは、そう納得する。
勝者が意識を失うわけにはいかぬ。ひたいを流れる血を全身に浴びて、気がそこから抜けていくのを自覚しながら、転移の光がわしを包むのを待った。
肉薄、落下、剣を交わし合う師匠と弟子。というわけで、異世界人サイドは準決勝敗退です。まあ、さすがにトップは取れないですね。いや、かなり危うかったですが。イチフサが防御に徹して時間を稼いでいれば、勝っていたのは逆です。それを勘付かせなかったシロの戦いの運び方は、さすがと評する他ありません。




