市房4
男たちは僕らの異次元の争いというか主にシロの氷塊を見てちょっと及び腰になった。というか引いてたが、ユウキがちらりと見るだけでいつものことだというように興味を失ったのを見て気にしないようにしたらしい。うん。賢明な判断だよ、諸君。
「お気持ちは嬉しいんですけど、今、私、結婚はまだ考えられないというか、まだ早いと思うので、すみません。」
ユウキは丁重にお断りする。そういえば結婚のお申し込みだったな。僕らの戦いでうやむやになりかけてたけど。
「じゃあ、俺なら。」
後ろの男が言う。
「すみません。」
再度断るユウキ。⋯⋯ いや、結婚自体ちょっとと言ってるんだぞ。無理に決まってるだろ。それでも懲りずに列に並んでいた男たちは全員振られるまで結婚結婚言い続けた。最後の男もお断りされて、これにて一件落着。
「この道にいながら、誰とも結婚しないというのか。それは万死に値するぞ。」
⋯⋯ 落着しなかった。一番最初に来た人が目を怒らせている。
「どういうことなのじゃ? 」
あまりの剣幕にシロが介入しに行った。⋯⋯ あの、氷解かしてからにしてくれませんかね。
「ふん。白々しい。この道は我ら狩人一族の求婚道というのはあまりにも有名だろうが。」
なんでも男が言うには、一年に一度一族の若い男は嫁を求めて狩人集落からこの道を走るというイベントを行うらしい。最初に目当ての女性のもとについたものから求婚権が得られる。すなわち、走るスピード、そして持久力が求められる最高の催しであり、一番最初に集落に嫁を連れてきたものが次の族長になる。近隣の村にもよく知られており、娘が行き遅れになる前にこの道に立たせよという言い伝えも伝わっている。嫌なら近づかなければいいのだ。つまり、この道にいる時点で嫁に行く覚悟はできているということになる。
「誰にだって選ぶ権利はある。だから俺たち六つ子の中から選ばせてやろうと言ったのに。」
男の口裏がつり上がる。
「ふっ、その通りだ。」
「まあ、仕方ないですよね。」
「⋯⋯ だな。」
「マッスルマッスル! 」
「だよねー。」
「いやお前らと●子ちゃんはどうしたんだよ! 」
思わず口を挟んでしまった。やべえ、よく見たら全員同じ顔だしどうかんがえてもあの六つ子だよな。なんでこの世界にいるんだよ。
「と●子ちゃんは⋯⋯ 。この村の奴らなんて私には釣り合わないわと言って出て行ったんだよ。」
なんとなく赤っぽい服を着た松が沈痛な表情で言う。もう確定で。もう松でいいやこいつら。
「俺たちに村を離れる気は無かった。あの安穏として過ごせる居心地のいい場所を離れてまで、俺の、フッ、子猫ちゃんたちに会いに行くのはな。」
青い松の弁。
「いや狩人なんだろ狩りをしろや。こっちでもニートしてんじゃねーよ! 」
「フッ、おらは愛の狩人さ。」
「はいはいワロスワロス。」
紫の松のおざなりな拍手。だめだ。このままじゃこいつらにこの作品まで乗っ取られかねん。こいつらだけで無限に会話してそう。
「とにかく、嫌だから! 」
ユウキはそう言って踵を返した。
「ちょっ待って。」
シンクロした動きで止めにかかる六つ子。しかしユウキは振り返る様子を見せない。
「とにかく正義は我らにあり、だよ。」
ピンク松の言葉。
「そうだな、この道にいたんだもんな。ここであったが100年目だ。お前ら! 逃すんじゃないぞ。」
リーダー松の号令で一斉に六つ子は動き始める。
「ちょっ、シロ、融かして。あと、そいつらシャレにならないから。とりあえず行動不能にしとかないと面倒。」
僕は必死になる。
「そのようじゃのう。嫌な気配じゃ。」
シロにも六つ子のやばさがわかったのだろう。焦った様子で、氷を解除し妨害を始めた。その間に僕はユウキの手を握って森へ逃げ込む。あいつらはそこまで森に強くないはずだ。まくぞ。
後ろから迫る怨嗟の声には極力耳を傾けないようにして僕はユウキの手を握りしめて走る。ユウキは少し驚いたあと、幸せそうに笑ったが、それを愛でている暇はない。神の妨害にもかかわらず、後ろから聞こえる迫ってくる音は消えない。視界の通らない森の中、僕らを見つけるのは楽ではないはずなんだが。僕はできるだけ距離を取るべくジグザグに逃げる。
一方向だけに曲がっていると同じところに出る可能性があるからね。冷えた手はユウキの体温と全身運動でようやく暖まってきた。そういえば、あいつらは曲がりなりにも狩人の里の住人。森の中じゃ振り切れないわけだ。仕方ない。僕は決心して斜面を上がる。速度は落ちるがこれが最善だ。そのまま駆ける。そろそろ息が切れてきた。後ろは少しは静かになったが依然として物音がする。尾根に出た。少しは登りやすくなった。と同時に見つかりやすくもなるわけで。
「いたぞ。あそこだ。」
男たちが集まってきた。未だ高度差はあるが距離はほぼない。上から見下ろすことでそれを実感する。男たちは6人全員揃ったあと突貫しようと走り出した。そこに入る一撃。
「凍れ、すべて。」
大氷塊が天から降り注ぐ。一ヶ所に集まった6つ子たちはなすすべもなく氷漬けにされた。⋯⋯ 冥福を祈ろう。
「心配ないわい。全くなんて化け物どもじゃ。」
シロは舞い降り、吐き捨てるように言う。途中何度も凍りつかせたが、その度に別の男が叩きこわし、氷漬けにされてたはずの男も何事もなかったかのように復帰してきたらしい。
「存在自体がギャグかよ、あいつら。」
僕は驚愕する。ギャグ漫画のテイストがふんだんに詰まってやがった。逃げる間に全員シロが氷漬けにすると思ってたのに全く気配が消えなかったから焦った。全員を一箇所に集めることを思いついたのは僥倖だったな。高所囮作戦がうまくいってよかったぜ。
あいつらは氷が溶けたらまた元気に活動を再開するだろうから放置しとこう。助けたらむしろ危ない。骨の髄までたかられる。僕はぶるっと震えた。まあ、あいつらのことは早く忘れるに限るな、うん。そう結論付けて僕らはその場を後にする。大丈夫。氷も少ししたら解けるだろう。そしてみんな何事もなかったように復活するだろう。むしろ今のうちに距離をとった方が安全な可能性まである。
幸い、その後6つ子が追いついてくることはなかった。まあ、こんな大きい山の上を目指してるとは思わないだろうからな。まだ、この世界の住民に登山を楽しむ余裕は存在しないようだ。狩りの場だったり山菜、薪をとったりするような需要はある。が、それも中腹程度まで。それ以上登ってこようというもの好きは、己を高めるためには山ごもりこそが最高の修行などと嘯くやつくらいだろう。⋯⋯ あの修験者の団体さんのことを考えるとそういう奴も割といそうで怖い。




