準決勝 一戦め 3
お久しぶりです。去年の投稿間隔を見ても一月は忙しかったんだなという感想が出てきます。
フジの呪文が波紋のようにあたりを動かしたのを感じた。何かが、くる。
勘だった。弾かれるように上を見上げた。大氷塊。僕の眼に映るのはそれだった。岩よりも大きい山のような氷が、自由落下を始めている。その質量はどう考えてもシャレにならない。潰されたら、終わる。氷が空を押しつぶす。音が、歪曲して耳に刺さる。
「サクラ! 」
僕ではどうしようもない。すまないけれど、頼る!
「わかったわ。」
僕の声に答えて、サクラは上へ炎を打ち上げようと手のひらに炎を作り出した。よし、これならいける。サクラをなめるな。
「剣!」
サクラの焦った声はなぜか後頭部を捉えるような近さに聞こえた。上への視線を切って後ろを振り向く。
一瞬だった。何が起きたのかわからなかった。どうして、さっきまで横にいたサクラが僕の後ろに回っているのか、どうして彼女の腹から白い氷柱が突き出しているのか。どうして彼女が血を吐いているのか。地に力なく投げ出された彼女の腕を取る。燃えるような熱さがどんどん小さくなって行く。
「まったく、フジも性格の悪いことするわね。囮なんて。」
絶え絶えな声でサクラはつぶやいた。
なるほど、上に注目を集めて、後ろから氷柱で貫くということだったのか。いや、こんな場合ではない。
「大丈夫か、サクラ。」
「ごめん、あなたをこの場に残して行きたくはないけれど、もう無理そう。」
僕の握るサクラの腕の力が抜けて行くのを知覚する。
「違うだろ、勝つんだろ、僕とサクラは最強なんだろ。」
嫌だった。繰言のような言葉を投げて行く。
「ごめん。好きよ、剣。」
「僕も好きだ。だから⋯⋯ 。」
光が包んだ。この光は、そうか。融合ならば。
僕とサクラの境界がなくなって行く。彼女の痛みが、感情が、僕の中に流れ込む。緊急回避と言えば聞こえはいいが、ダメージを均等にしているだけだ。死に体なのには変わりがない。
でも、ベースとなるのは僕のようで、氷柱が腹に刺さっていたサクラの姿は僕の中に溶けていった。
融合する。彼女の服が、彼女の胸が、彼女の髪が彼女の性別が僕のものとなる。眼にかかる桜色の長髪。布を押し上げる胸。ダメージの影響か、片肌が脱げ、ところどころ裂かれた和の服装。裂傷のあとが腹に残る。痛みは、ある。でも、まだ戦える。僕は剣で僕はサクラだ。
「ありがとう、剣。」
なんだか素直なサクラの声が自分のものとして流れた。
「こちらこそ。」
驚くほど素直に返礼が出る。サクラのおかげで命拾いした。サクラのおかげで、ここまでこれた。
片手に炎を吹き出す刀を握る。燃える。燃え盛る。熱い。でも、気にならない。素肌を晒しているけれど身を刺す冷気も、意識の埒外だ。
無造作に炎刀を振り上げた。
上部から落ちる大氷山は、多量の水蒸気をあげて蒸発した。
霧ができる。どちらの視界も遮る霧が、氷山の残滓としてこの戦場に舞い落ちる。
「面倒だな。」
「ぶっ飛ばしましょう。」
僕とサクラの思考は重なった。
「炎よ 展開せよ 全てを打ち払う楔となりて今 一切を明かせ フラム イクスパシオン 」
サクラの頭にある呪文が僕の思考に同期して、口から流れ出した。
赤の外炎で身を包んだ白い炎が僕の周りを一掃する。炎の色は、温度と燃焼している物質によって変わる。この色が何を表しているのかは、さすがにわからないけれど、とんでもなく高温であるというのは間違いなさそうだ。触れた雪が何も残さずに蒸発したから。
だが、手応えがない。確実にここら一帯を焼き払ったはずなのに。フジの姿が見えない。
⋯⋯ 腹が痛む。怪我の爪痕が濃い。短期決戦で決着をつけなければ負けるのは確実だ。
柔らかな腹を手で抑えて、気配を探る。
ーーー上だ。
砲弾のような速度でフジが突っ込んできた。
氷で生成した剣をまっすぐに構えて、猛禽類のような鋭い目でこちらをロックオンしているのが、わずかな間のうちに読み取れた。
一瞬の交錯。こちらの顔に向かって一直線に伸びるなんとか首をひねったが、間に合わない。左目を刺し貫かれた。
衝撃で地面に押し倒される。冷たいフジの体が僕の上にのしかかった。
「これで、終わり。」
刀を地面に固定したらしく、顔が動かせない。頭の左が凍りついている。
「ちょっと手こずらされたけど、私の勝ちだ。」
フジは2本目の氷剣を手に生成して、もう一度僕の頭をかち割らんと振り上げる。
「くっ。」
終わる。死ぬ。頭が走馬灯を走らせようとする。
「まだ、よ。」
それでも彼女はサクラは諦めはしない。
体のコントロールなど、どちらも行える。
僕の体はサクラによって操られた。
ごう。炎が、体全体を包む。いや、体が炎へと変じたと言っても良さそうだ。氷の刀を溶かし、フジの肌を舐めていく。
「私がこんなに炎を出せるなんて。」
驚愕を隠せないサクラの声。自分の体を炎に変えることは、山神にもできることではない。おそらく融合した影響だろう。
左目は炎を宿して、燃え上がる。見えないけれど、問題はない。
フジの氷刀を間一髪、左目に受けた。
「なんだと。」
必殺の動きを敢えなく躱されて、フジは動きを止めた。衝撃が大きかったのだろう。
その隙さえあれば、逃げられる。いや、反撃できる。
炎へと変じつつある右手を握りしめてフジの腹へと放つ。吹っ飛びはしなかったけれど、拘束を緩めるには十分だった。
炎が体を内側から焼いているのを感じながら僕は立ち上がった。長くは持ちそうにない。例えるなら、稼働限界を迎えたロボットを無理やり動かしているような感覚。この全身が炎と化すまでが僕に残された時間だと、理由なしに受け入れた。
ならば、それを使い尽くすのみ。さあ、こちらの炎がフジを焼くのが速いか、自分を焼くのが速いかの真っ向勝負だ。
次で決着つきます。




