準決勝 一戦め
まだまだ試験はあるのですが、一個目が終わった記念で投稿します。
「私からは何も言うことはないわ。そうね、ステージ、楽しみにしてなさいってくらいかしら。」
ヤーンは不吉な言葉を渡してきた。⋯⋯ なんでステージを考えるのに全力を尽くしてるんだこの人。いや、この系統の「なんで」これまでも割とあった気がする。これがヤーンなんだなと、諦めるよりしようがない。
「解説は任せて。」
すっかり自信満々になったキタが親指を立てる。⋯⋯ 戦う僕たちに解説は関係ないのですが。まあ、良かったよ。予選と比べたらはるかに出番増えたもんな。
「じゃあ、扉をくぐりなさい。」
簡潔な指示である。もっと、選手宣誓みたいなことをしてもいいんやで。⋯⋯ だめだ、さっきフジと喋って気が抜けたからか、変なことに考えがいってしまう。もう少し、気を引き締めないと。
僕らとフジは背中合わせに扉を開く。⋯⋯ いや、もちろん距離はあるよ。扉があるのは4角だからね。でも、決勝とか、ほんと背中合わせに扉を開いて、開戦みたいな感じでもいいんじゃないだろうかと思います。ヤーンなら実現しそうで怖いが。
扉を開け、膜を通ったら、別の空間だ。
ズボリ。転移先。足元の地面が柔らかく僕の足を飲み込む。冷たい。白い。雪だ。雪原だ。
空が暗い。星と月が明るく照らす僕らの足元は、それを反射すべく積もった大量の雪。白に輝き、眩しい。
なんでこんな雪山で火の山どうしの対決をさせるんだよ。寒いわ。全力で主神に抗議したいところだ。
山の斜面。傾きは5度と言ったところだろうか。雲もないのに雪が散らついている。夜の雪山はしんと静まり返っていた。
同じくらいの高さに少しだけ離れて、フジの立ち姿がある。彼女もまたこの環境に戸惑っているようだった。未だ変身する気配はなく、黒髪のまま。この形態ならば、勝てる。はず。やはり先手必勝だ。
「とりあえず、フジの上あたりを炎で焼き払って! フジに攻撃する必要はないから。」
「わかったわ。」
何も聞き返さずにサクラは炎を放つ。⋯⋯ 少しは自分で考えてと言いたいところだけど、信頼は嬉しい。
炎はフジのいる場所から離れた少し高い雪斜面に着弾。いつものごとく避けようとしていたフジは、自分の所に攻撃が飛んでこなくて首をひねっている。
「どんどんお願い。」
「了解。」
どんどん炎を投擲していくサクラ。狙い過たずフジの上部の雪原に炎の雨を増やす。
「何やってるんですか。」
フジがジト目で言ってきた。
「まあ見てろ。避けたほうがいいと思うぞ。避けれるものならな。」
少しだけ悪役調を意識して、言ってみる。これでアドバンテージが稼げるはず。
大地が鳴動し始めた。狙い通り。
「なに、これ。」
戸惑うサクラ。
「まさか。」
心あたりがあったようで上を見上げるフジ。
その通りだ。
雪崩が降ってきた。
雪という名の大質量が押しつぶさんと迫る。
炎で雪の支えを失わせたのだ。結果はいうまでもない。雪崩の発生原理は下部の支えていた雪が陽の光の熱で溶けて上部の雪の重みに耐えきれなくなるというものが大半だ。まあ、山に登る人なら誰でも知ってるってこれくらい。
さあ、避けられないだろう。回避力に定評のあるフジ黒髪形態でも、このような面制圧には弱いはずだ。それに、この山の中腹は、よける場所などほとんどない。下か上か横か。それを判断する暇はない。一旦起こった雪崩のスピードは凄まじい。見てから回避などできるはずもない。
⋯⋯ ワンチャン、これ僕らも巻き込まれそうだな。まあ、そうなったらそうなっただ。
フジを正面に捉えて、雪崩は凄まじいスピードで滑り落ちていった。轟音が耳を聾する。自然の猛威は神様でも逆らえないんだなって、感慨深かった。
とりあえず、運よく、僕らのいる場所は雪崩ゾーンからずれて、目の前に上部で崩れた雪が積もって壁を形成している。
「ごめん、サクラ。手を握ってもらってもいい? 」
うまくいったけど、さすがに、雪山装備を持っていない状態で雪の中に足を突っ込んでいると寒すぎる。
「もちろんよ。⋯⋯ 融合使ってもいいけど。」
「あれは、後にとっておこう。まだヤーンの終了の声もないし、フジは生きている。」
「わかったわ。大丈夫。私がいる限り、あなたを凍えさせたりなんてしないんだから。」
僕の右手を胸の前に持ってきて、サクラは誓った。
彼女の暖かさが僕の芯に通って、もう、何も寒くない。
「で、フジだけど。」
僕がそう話を戻した時だった。
下から炎が吹き上がった。高く高く上がった炎は花火のようで綺麗に夜空に咲く。
だが、それは、フジの戦闘形態への移行が完了したことを知らせる合図だ。
雪崩を溶かし、髪を赤く燃え上がらせて、フジはそこに立っていた。
こういう標高差をうまく使った戦いが描きたかったんです。やっぱり山で戦いたいですね。はよ山登らせてくれ。




