市房3
僕らが峠で休んでいると、どこからか雄叫びが聞こえてきた。思わず僕らは周りを見渡す。どこから聞こえてきたんだ。怪しい、怪しすぎるぞこんな山奥で。などと僕らがおろおろしていると、眼下から土煙が立ち上ってきた。僕らが登ってきた方とは逆側だ。あそこだな。誰が何をやってるんだろう。とりあえず高みの見物と決め込む。本当に高い所から見下ろしているしね。しかし、どんどん近づいてくる砂埃にさすがに静観を決め込めなくなった。
「どーしよ。逃げる? 」
僕が二人に問いかけた時、峠に続く道を隠していた木の陰から人間が飛び出してきた。格好は動きやすそうな狩人スタイル。走ってきたのか息を乱している。というか、乱しすぎだ。過呼吸にでも陥るんじゃないか。
「あの、大丈夫ですか? 」
さすがに見かねたのかユウキが声をかける。
「あっ、⋯⋯ ああ。問題ない。」
まるでそのとき僕らに気づいたかのように男は驚きを含んだ声を上げる。まあ、実際今気づいたのだろう。
「女神だ⋯⋯ 」
なんか変な独り言が聞こえたけど気のせいだろう。
「あいつ、わかっとるのう 」
シロがうんうんと頷く。いや、多分お前のことじゃないぞ。心読めるんだからわかるだろうに。
「心の中で,目の前の女が女神だなどと思い浮かべると思うのか? そんなわけなかろう。全く剣もまだまだじゃな 」
やれやれとシロは首を横に振る。なんで僕が貶されてるんだ⋯⋯ 勘違いしたシロがアホだろうに。
「まだわしを女神と判別した可能性も残っておるぞ 」
「ないない 」
僕らがそんなことを言い合っていると、さっき男が現れた場所からまた別の男が飛び出してきた。その男も息を乱している。そして過呼吸っぽい。ユウキは再び気遣う。一人目と同じ反応をする2人目の男。兄弟かよお前ら。
そのあとも同様なことが続き、6人を数えたあたりでユウキももう構うことをやめた。そのあとも男たちは何人も現れる。ユウキが声をかけた男たちのように立ち止まり休憩することもなく走り去っていく。どういう現象だこれ。⋯⋯ とりあえずあの道が使われていることはわかったが。残った男たちはしばらく仲間内で相談していたが、なぜか一列にユウキの前に並び始めた。その間も別の男があらわれ続け、ひっきりなしにその列の後ろを通過していった。もしかしなくてもさっきの土埃はこいつらの仕業だ。なんなんだこのイベントは。謎過ぎる。しかし僕の思考は最初に来た男が次に言った言葉で吹き飛んだ。ユウキの前に立った男は思い切ったように口を開く。
「女神よ。俺と結婚してくれ 」
よく見ればかなりイケメンであったそいつは真剣な表情であった。俺の頭はショートした。
「今⋯⋯ ⋯⋯ あいつはなんて言った⋯⋯ 」
低い声が出る。
「お、落ち着け剣 」
シロが慌てて押し留める。
「お主、ヤンデレじゃったのか!? 」
「ヤンデレ⋯⋯ ? ⋯⋯ なんのことかな? それはともかく、どいてシロそいつ殺せない 」
「ヤンデレそのものじゃろうが!! 」
「あはははは。シロ、何を言ってるのかな? うん? 邪魔したいのかな? 」
「こいつもうダメじゃ。一旦大人しくしておれ。」
シロは僕の様子に危機感を強めたようだ。
「氷よ、くるのじゃ。」
詠唱とも言えないような短い言葉とともに巨大な氷塊が僕の眼前に迫る。
「ふん。この程度でおれが捉えられると思うなよ。」
そう。僕の二重人格、ヤンデレ俺が発動したからにはもうこの程度の攻撃をかわすことなど容易い。おれは身を翻した。避けた。そう思ったんだ。シロが呼び出した氷塊が一面に展開され最初の氷塊に続いてこちらに着弾しようとするのを見るまでは。
「⋯⋯ 。無理だな、相棒。あとは頼んだ。 」
「ヤンデレ俺—!」
見ようによっては二人コントにしか見えないセリフを吐いて僕は氷塊にぶち当たる。少しでも心臓部から遠ざけるべく、反射的に両手を突き出して止めにかかる。手のひらから氷気が侵入してくる。ちょっと、これ、きついっていうか死ぬ。あれだぞ。氷塊砕いたら元通りとかいう漫画的要素ないんだぞ。普通に心臓止まったら死ぬわ。腕をまるまる包んでやっと氷塊の侵食は止まった。⋯⋯ これ下手したら両腕使えなくなるぞ。下手したら。
「ふー。」
一仕事終えた感を出しながら、シロは満足げに額を拭った。いやいや何満足してんの。俺死にかけてるんですけど。
「まだヤンデレが残っておるようじゃのう。その一人称。あやつらの用事が終わるまで大人しくしておくんじゃ。」
俺が消えていないことに気づくとは。やるなこいつ。いや、ちょっと待て俺。地の文読んでくるんだぞシロは。騙せるわけないだろ。そうだな。忘れてたぜ。
「地の文で二人コントするかの⋯⋯ 。」
シロはなんとも言えないような微妙な表情になった。
そういえばユウキの方は⋯⋯ ?




