本戦 2戦目 2
吹雪が吹き荒れる極寒の地。季節が一瞬で巡ってしまったような様相だ。水分は凝結し木々を飾る。樹氷だ。雪化粧よりも繊細で美しい。キラキラと輝く白い小さな宝石が緑を染めていく。さすがに葉が落ちるには時間が足りなかったようで、なかなか珍しい光景だと言える。普通は葉のすっかり落ちた茶色の枯れ枝を彩るものだからな。
そんな場所で気温はおそらく氷点下。でも、サクラの加護が僕の体を守ってくれる。暖かい波動が握る剣から全身へと広がる。
タテは感心したように笑った。
「なら、これならどう。風よ進め。」
熱量を容赦なく奪う雪風が彼女の手のひらから放たれる。吹雪を高密度に集めたものらしきその風は天候というより攻撃と言った方がいいだろう。
でも、こちらにはサクラがいるんだ。刀を一薙ぎして、炎風で迎え撃つ。基本的に氷と炎なら炎の方が相性有利だ。氷はマイナス273度までしか行けないけれど、熱なら何度までも上がるからな。熱力学的法則はさすがに変わらないだろうし、絶対零度は動かないだろう。だから赤犬が青雉に勝ったんだし。
風同士の威力は相殺された。遠距離は互角。それは多くの神様の間で言えることだ。きちんと決着をつけるのならばどうしても近接勝負になる。
「埒があかないわね。」
タテはスタスタと無造作に距離を詰めてきた。自分の防御に絶対の自信を持っているのだろう。隙だらけなのに、攻撃できない。下手に突くとやぶ蛇になってしまいそうだ。
どうしても後手に回ってしまう。彼女の防御を突破する手段を思いつかないのが原因だろう。昨日の予選でフジの噴石をいとも簡単に防いでしまった映像が頭の中をちらつく。あの攻撃を真っ向から受けて平気な人だ。こちらの噴火が通じるとは思えない。
やはり、活路が見出せるとしたら剣戟だろう。ユウキほどの才はないけれど、そこまで弱い僕ではない。タテはおそらく盾装備しかできないだろうし、隙さえつければ行けそうだ。
僕はタテとは対照的にジリジリと距離を詰める。タテのあゆみは迷いがなく、僕の動きは遅すぎる。なんとも締まらぬ戦いだ。⋯⋯ 警戒はしてもしすぎるということはないから。僕の動きは間違っちゃいない。焦っちゃだめだ。
「指針は剣に任せるわ。」
サクラは全幅の信頼を込めた言葉をくれる。これだから奮い立たないわけにはいかないんだよ。信頼には全力をもって答えたい。頼られたら、力の限り叶えに行く。いつも頼ってばかりだからこそだ。
タテは無言で無骨な大楯を呼び出した。そのまま体を隠すように構える。タテの細身の体は完全にこちらの視界から外れた。
こうされると攻撃手段がない。この場所は少し広い広場になっているとはいえ微妙な傾斜はあるし、木の根だってところどころにある。下から上を攻めるのは不利だからできるだけ上を取りたいんだけど、その動きをしていいものか判断に困る。タテは三山の一人だ。どんな特殊能力をもっているかわかったもんじゃない。あのタテは壊せないものと思った方がいいし、どうしようか。
とりあえず、斜め上の方へ。タテが自らの視界を塞いだ今なら上をとる難易度も下がっているはずだ。攻めるのに体力を使わない時点で上の優秀さはわかると思う。だから山城とか攻めずらかったわけだし。
だが、そんなに甘くはなかった。こちらが上部への移動を始めそちらに意識を奪われる間を縫うようにしてタテの突撃が来た。シールドチャージとでもいうのだろうか。硬い壁がこちらに猛スピードで迫ってくるようなものだ。跳ね飛ばされたら死にはしないまでも、かなりのダメージを負うこと受けあいだ。避ける以外に対処法がないが気づくのが遅れた。タテの出が自然な動作だったからだ。くそう。なんで防御特化の人がそんな高等技術持ってるんだよ。武術の達人しか使わないぞ普通。⋯⋯ 盾術とかいうのありそう。
逃れ得ない攻撃。だが、僕は諦めはしなかった。隙ができたら食ってやる。そんなガッツ溢れる精神で迎え撃つ。
運は僕に味方した。ここは山肌、森の中。森林限界を超えるタテの山では決してないもの。すなわち木の根っこ。地面を突き破って地上に露出し、くすんだ茶色の樹皮を見せている。道場ならいざ知らず、こんな場所では地面は注視しておかなくてはならない。タテはそれを怠った。結果生まれる事象は彼女の躓きによる転倒だった。なんとも間抜けな次第だが、盾を構えて突進なんてしなくては行けない関係上、必然のことだったのかもしれない。
当然、それを逃す僕ではない。基本的にこちらが不利なんだ。相手の失点は逃さない。それは弱者の鉄則だ。
起き上がろうと隙を晒すタテに向かってサクラを振るう。思いっきり踏み込んだ一撃はタテの展開していたらしい常在型のシールドを突き破って、頭蓋を割った。脳漿が飛び散ることもなく綺麗に一刀両断。サクラの切れ味はさすがは神と言えるものだった。
さて、これであと一回か。だが、タテにもう先ほどのような油断は期待できないだろう。厳しくなるな。
注意深く離れて復活を待つ。先ほどの試合でシロが負けそうになったのはこのコンテニューのことを忘れていたからだ。いくら慎重になってもやりすぎるということはないだろう。
「ふふふふふふふ。」
幽鬼のように起き上がったタテは雰囲気が変わっていた。全ての余裕をなくして代わりに闇を背追い込んだかのようだ。⋯⋯ 山神、性格が豹変する人多くない?
「最初からこうしておけばよかったわね。立てよ我が守り 天に満ち 全ての希望を 圧殺せん 無限盾」
手をあげるタテの周りを仮想の盾が埋めていく。十枚、二十枚じゃ効かない。空を埋め尽くし、連なり重なる。その全てが質量をもつ盾に代わりうると、僕は直感で悟っていた。
ヤリといいタテといい、色々反則だと思うんだ。まるで英雄王みたいじゃないか。⋯⋯ まあ、神様だから仕方ないとも言える。
「行きなさい。」
タテの腕が振り下ろされた。全ての盾がこちらへ向かって突撃してくる。その突進はサバンナにおける草食獣の大移動にでも例えたほうが良さそうな激しすぎるものだった。逃げ場がない。
僥倖というかなんというか。これでようやく五分五分です。⋯⋯ 負けそうだけど。




