宿屋9
彼女の視点で物語がかけるようになるとは思いませんでした。ずっと謎の子でしたから。
広い大浴場で神様たちが思い思いの場所に広がっている。私は先に行った剣を探してキョロキョロと周りを見渡してみた。しかし、このお風呂が思ってた以上に広いということを確認するだけに終わった。脱衣所で一緒になった神様たちも、今目に見えるところにいるのはヒウチとアサマくらいで、他はどこに行ったのやら。その二人もヒウチに追いかけられるアサマといった変な構図だ。あの二人って、あんなに仲よかったっけ。
サクラの姿も見えない。あの子も悪い子じゃないんだけど、もう少し遠慮っていうものを覚えてくれるといいなあ。脱衣所での一幕を思い出して私はため息をついた。
自分の胸に手を当ててみる。ちゃんと膨らみはあるし、柔らかだ。でも、サクラのものに対しては戦力不足なのは否めない。剣は綺麗だと言ってくれたけど、サクラに負けてちゃ意味がない。私は剣の一番でいたいから。でも、どうすればいいんだろう。
剣がこの世界に再び来たのは私のためだというのは自信を持って答えられる。身勝手だけど、剣が戻って来てくれて私は本当に嬉しかった。頑張り屋なところとか拗ねたところとか、色々な部分は元から好きで、このまま大人になったら、剣のお嫁さんになるんだろうなって漠然と考えていた。でも、自分からアクションをかけるような勇気はなくて、日々のたわいのない会話だけで満足していた。
こちらに来てからは私の気持ちだけじゃなくて、剣の気持ちも私を向いていたとわかった。でも、だからこそ、関係を前に進める勇気はなかった。私のせいで剣はこちらの世界に骨を埋める決意をした。これ以上何を背負わせられるだろう。剣が私と共にいるって言ってくれるだけで、全てが満たされた。
そしてサクラが仲間になった。初めはツンツンしていた彼女だったけど、旅を重ねるうちに柔らかくなっていった。剣の刀として戦うってことになった時も、戦闘力的には物足りない剣をサポートしてくれる心強い味方だと思った。
でも、サクラはどんどん剣に惹かれて行くようだった。剣の魅力はひどくわかりにくい。だから、気づく人なんていないと安心していた。
戦闘中の二人の息はぴったりあっていた。私もイチフサがいないと勝てなかっただろう。それはすなわち、二人の相性がいいことを表している。サクラは神様だ。本気で剣が欲しいと思ったら手にいれることは難しくないはずだ。
その前に私が剣を落とす。ぼんやりとした好意が、はっきりとした恋へと変わった瞬間だった。
その甲斐あって昨日剣はすっごく男らしかった。あんな風に思い切ったことを自分で言える人じゃないのは明らかだから、その前に誰かが後押ししてくれたんだろうと思う。おそらくサクラが。それは非常に嬉しいことだった。剣の結婚の申し込みも、サクラの後押しも。だから、私はサクラのことをライバルというより、恋を同じくする仲間と位置付けることにした。負けないし、負けたくない。けど、少しくらいのアプローチなら認めてあげる。
少しだけ上から目線だけど、一番最初から剣のことが好きだった私のせめてもの抵抗だと思って欲しい。
「ユウキさん、ここにいたんですか。」
尻尾を静かに左右に振りながらイチフサが私のそばに来た。みるからに嬉しそうだ。そんな姿を見ていると、どうしても三回戦での出来事を思い出してしまう。
彼女はあの時私のことを好きと言った。心と心が触れ合う剣の状態でぶつけられた彼女の感情は純粋で、だからこそ、その熱量の大きさがわかってしまった。私は彼女にどう答えればいいんだろう。あの時のように友人として好きと返すのか、それとも、剣のことを優先して突っぱねるのか。
私のそばにきたイチフサはこてんと首をかしげる。私の考えていることに興味はあるけど、ちゃんと理解するのは後回しにするらしい。その姿は私が答えを出すのを望んでいないようで、ちょっぴり、切なかった。
「ユウキさん。」
彼女の言葉に身構える。
「私は何も言いません。そんなことをしたらユウキさんに嫌われますから。でも、私はいつだって、ユウキさんの味方です。」
そう言ってイチフサは寂しげに微笑んだ。
私は胸を突かれたように押し黙ることしかできなかった。
イチフサの思いは健気で、だからこそ、うれしいものだった。そして、おそらく受け取ってはいけないものだった。
でも、私にはイチフサをこれ以上傷つけるなんてできなかった。否定して、拒絶するなんてことをする勇気が持てなかった。
代わりに私はイチフサを足の方に招く。
彼女の尻尾は水に濡れてなおその柔らかさを失わずに気持ちがいい。私の目の前に腰を下ろした彼女の背中に胸を押し付けて、綺麗なサラサラした髪を撫でながら、私は物思いに沈むのだった。
石「と、いうわけでまとめ的な話でした。ユウキ視点はずっと描きたかったけど、難しくてなかなか書けなかったのでこうして投稿できて感無量です。」
ド「今までの視点の移り変わりってどんな感じなの? 」
石「一章は主人公一人称とシロ一人称混じりの三人称が主。2章は基本主人公で、シロとアンナさんが時々まじる。三章はほぼ剣一人称で、4章に入ってサクラだったりイチフサだったりに一人称が移動するようになった。」
ド「一章も書き直し前はほぼ主人公一人称だったわね。」
石「ヒロインの一人称は描きづらいの。ユウキはぼんやりと好きになった感じという設定だけだったから、それを表現するのが難しかった。イベントを描写して終わりじゃなくて、これまでとこれからを彼女の視点で考えてもらう必要があったから。」
ド「ところでわし視点はあるんでしょうね。この際、昼の姿でも構わないから。」
石「⋯⋯ 確かに昼の姿きちんと活用できてないんだよなあ。何か考えます。」
ド「ならばよいじゃろう。」
石「いきなり姿を変えるな。重い。潰される。」
ド「何も聞こえぬわい。」
石「このひとでなし! 閻魔! 悪魔! 」
ド「⋯⋯ なぜ閻魔が混じっておるのじゃ。」
石「それはまあ、役割的にね。」
ド「余裕そうじゃのう。このまま座っておいて大丈夫そうじゃな。」
石「重いのは本当なんだって! 」




