宿屋5
短編に浮気してました。⋯⋯ でも、そこまで間空いたわけじゃないからセーフ。
ヤーンに連れられて行った先は、戦場だった。なんだか見覚えのあるキッチンが何十個も連なって並んでいる。まあ、僕たちの世界のキッチンは機能的だから。ヤーンが真似をしてもおかしくはない。⋯⋯ いや、僕たちの乏しい知識からだけで作り出せているのは驚きだけど。さすがに蛇口は付いていないが、ヤーンの分身たちは少しだけ呪文を唱えるだけで十分な水を宙に浮かべて後から後から運ばれてくる食器を手当たり次第に洗浄していた。
「とりあえず私の誰かと交代してくれると嬉しいわ。」
なるほど。とりあえず皿を洗うだけでいいのか。でも、僕、水を発生させることはできないんだけど。ユウキはもちろんだし、おそらくサクラも山神の中では唯一かもしれないけれど無理なはずだ。まあ、あんなに噴火を繰り返していたらたまる水も蒸発してしまうのは自然の理だろう。
「大丈夫よ。私が水は出してあげるから。」
ヤーンは心配をそのままにさせておくような人じゃなかった。なるほど、それなら大丈夫か。でも、それヤーンの負担軽くなってなくないか。
「立つ必要がないってだけでかなりましよ。」
「なるほど。よし変わる。とりあえず、食器はカゴに入れておけばいいんだよね。」
「そうね。溜まったら私の空間に飲み込まれる仕組みだから。」
食器がですよね。僕たちがじゃないですよね。
僕が不安を解決してもらっている間に、水を出せる神様たちは早めに交代して洗い始めていた。
シロはぶつくさ文句を言いながら、イチフサは一生懸命に、タテは丁寧に、フジは恐る恐る、アサマは見事な手際で、ヒウチはゆっくりと。全員形容は違うけれど、ちゃんと自分の仕事を全うしている。
僕たちも早く手伝わないと。
「お疲れ様。」
一仕事をやり終えた後の心地よい疲労感の中で、ヤーンは僕らに労いの言葉をかけた。あれだけあった洗い待ちの食器は全て消え去り、残っているのは綺麗な鈍色をした流し台ばかり。⋯⋯ だからどうやってこんなものを手に入れているのか。謎すぎる。
「じゃあ、ここも畳んでおくから外に出て。」
⋯⋯ ここもヤーンが拡張した空間だったのかよ!
「だって、食事の時にしか使わないんだったら広げてるだけ無駄でしょ。」
ヤーンは何がおかしいのかわからないそぶりで首をかしげる。いや、その力、絶対建築家たち垂涎の品だから。僕も欲しいから。秘密基地的忍者屋敷って憧れるよね。掛け軸の裏に空間があったりとか、畳の下に地下通路があったりとか。普通ならそんな無駄な空間作ってる余裕ないんだけど、ヤーンがいれば簡単だ。⋯⋯ いや、疲れるみたいだけど。まあ、そりゃ自分で作った空間を維持しておくのはきついだろうな。やはり自分で作ることに勝るものはなしか。
僕らが外に出て、ヤーンがごにょごにょと呪文を唱えるとさっきまで確かにそこにあったはずの部屋への扉が喪失していた。自由な家だな。かくれんぼをしたら絶対にヤーンが一人勝ちを収めそう。そうでなくても部屋数が多いのだから、ヤーン以外が鬼だと一人も見つけることなく終了する可能性だってなきにしもあらずだ。童心に帰って遊びたいのは山々だが、ここは堪えるしかない。
「他の子達はみんな大広間に押し込めてるから、声をかけるにも適当な場がなくて。」
ヤーンは今更だが言い訳するように言った。雑魚寝スタイルですか。まあ、女の子しかいない神様たちだから桃源郷なのかもしれないけれど。しかし、大広間に押し込めるって表現どうなんだ。
「大丈夫よ。結構みんな仲良くしているわ。」
ヤーンは自分の振る舞いを肯定するような言動をするだろうから、真実にたどり着くためには疑ってかかるのが正解だろう。⋯⋯ まあ、でも、大広間の神様たちがいかにギスギスしていたところで僕にはそこまで関係ないし、ヤーンの言葉を盲信しておこう。
「こんなに嬉しくない信じてるは初めてなんだけれど。」
ヤーンがなんか言っているけど、僕の耳は都合のいい時に遠くなるので、聞こえない。
「まあ、いいわ。」
ヤーンは気を取りなおすように姿勢を正した。
「改めて、ありがとう。みんな。明日の試合のためと先ほどの協力のお礼に一番風呂に入らせてあげる。」
ニッコリと微笑んで、ヤーンの言葉は明確だった。えっ、マジで食器洗いしててよかった。
「本当はおおっぴらに入らせてあげたかったんだけど、さすがに明日の出場確定だからという理由じゃダメじゃない。でも、協力してもらったからという理由なら大丈夫よ。ここにいる全ての神が私の食事を食べたのだからね。後片付けを任せた負い目で許してくれるでしょう。」
そう言って悪い顔をするヤーン。計画的犯行だ。
とはいえ、お風呂に早く入れるのは素直に嬉しい。一番風呂にはなんとも不思議な魅力がある。
ここからは、ここまで読んでくださった方へのご褒美が続きます。やっぱお風呂はいいよね。




