宿屋2
神様の群れが過ぎ去った後の玄関はそのざわめきが沈殿してかえって落ち着いていた。⋯⋯ 神様の群れって言いかたなかなか力のある言葉だな。
お風呂に来た時は一本道だとばかり思っていたけれど、よく見ると、たくさんの襖を見落としていたらしい。そのうちの一つをヤーンが開くとそこからさらに伸びる長い廊下が。⋯⋯ 空間拡張はうまくいっているようで何よりです。上に伸ばす技術がないなら、横に伸ばすしかないもんね。日本も無駄に上にスペースを求めるだけでなく、空間を4次元的に捻じ曲げて横に拡張できるようにすればいいと思います!
それより、先に入った神様たちは迷わずに済んだのだろうか。これ、案内の人がいなかったらそのままお風呂場直行コースだと思うのだが。普通に道を辿っていったら暖簾がかかっているんだもん。そりゃあただの温泉に特化した建物だと思っても不思議はないよね。ヤーンに言われたのも温泉があるってことだけだったし、僕が勘違いしたのも無理はない。
「それなら大丈夫よ。分身に案内させたから。」
相変わらず地獄耳でいらっしゃることで。そして、分身使えるのね。⋯⋯ 控えめにいって最強だなこの人。
フジは相変わらずビクビクとタテの後ろについてこの建物と初対面の僕たちの両方に怯えているようだ。
少しだけ傷つく。神様って基本的に自分に自信を持っている人が多いからこういう風な態度を取られるのは、かなり新鮮だ。
「大丈夫よ。この子たちが悪い人じゃないのは私が保証するわ。」
タテはフジを優しくフォローする。この一日でタテの評価が急上昇している。あの人、すごく面倒が見いい。
「そうなんでしょうか⋯⋯ ? 」
フジは少しだけ体をタテの横からおずおずと覗かせてこちらの方を伺う構えだ。神様は心が読めるんだからそんなにビクビクする必要はないはずなのだけど。僕たちが危害を加えるとでも思っているのだろうか。
「そんなことない! ⋯⋯ です。」
慌てて打ち消した大きな声はなぜだかすぐにかき消えて、小さな丁寧な言葉だけが残った。
「ただ、私が、引っ込み思案なのが悪いんです。」
「いや、それは第一印象からしてそうだったから。」
「ひどい。」
フジは涙目で僕を睨む。黒髪の気弱そうな美少女がこう睨むとなんとも言えず妖しい魅力があるからたちが悪い。
「いや、引っ込み思案って自分で認めてたよね今! 同じ言葉をなぞっただけだからね僕は!」
とりあえず、突っ込むという安定行動に出ることにした。いや、ボケだよね。本気で逆恨みされると辛いものがあるんだけど!
「剣⋯⋯ 」
気がつくと、僕の他のみんなは全て僕が悪いみたいな雰囲気を醸し出してきた。ユウキまでもが名前呼びの後の空白の時間に十二分に雄弁な感情を詰め込んで僕を責める。
「第一印象を引っ込み思案なんて言ってすみませんでした。」
圧力に屈し僕はフジに頭をさげる。僕の下げた頭の重さは軽いかもしれないが、申し訳ないと思う気持ちは本物だ。少しマイナスのバイアスがかかった言葉なのは間違いないのだから。
「⋯⋯ まあ、謝ってくれるなら許します。」
ちょっとだけどうするか迷っていたようだったが、渋々と行った感じでフジは僕に許しを出した。良かった。神様の好感度っていうのはこの世界での生活に直結するからな。
「相変わらず神たらしね。」
先をゆくヤーンが含み笑いをした。いや、なにその恋愛強者みたいな称号。何にもないよね。フラグもなにも立たなかったよね。ただ惨めに許しを乞うただけだよね。
「ふふ。」
なんだか非常に柔らかくて満足げなクスリとした抑えきれない笑い声が後ろから響いた。その幸せそうな響きに思わず振り返る。
フジがしまったとでもいうように口を押さえていた。今俺のこと笑ったのは君かよ。バカにするような響はなかったから別に問題にはしないけどさあ。
そして、それと同時にフジがタテの背後に隠れるようにではなく、タテの横に並んで姿をこちらに見せながら歩いていることに気づいた。いつのまにか、こちらに気を許してくれたらしい。なんだか嬉しい。
「やっぱり神たらしね。」
ヤーンは後ろを振り返ることなくからかった。
「全く。」
呆れたようにユウキ。
「そうね。」
同意を示すサクラ。
「そうかもしれません。」
丁寧な同意のイチフサ。
「全くじゃ。」
そのまま肯定するシロ。⋯⋯ 僕ら陣営なにも考えてなくない? 不安だぞこれ。
「僕はたらされてないと思うんだけど。」
僕らの前を歩むアサマは首をひねる。
「私がたらすから。」
無感動にアサマの腕にひっついているヒウチ。えっ、マジでいつのまにそんな関係に。
「いや、なに言ってるのヒウチ! 」
そう言いながらもアサマはまんざらではないようで⋯⋯ 。
「それは君の主観だよねえ! 」
アサマが抗議を述べてくるけど、隣にヒウチがいるのを許している時点でアサマの敗北は決定したようなものだ。そこから逃げられない限り、どうしようもないぞ。
ツルギは無言で殿を行く。武人然とした人ってこういうときに何をすればいいのかわからなくなってそう。
「ようやく到着よ。あなたたちの部屋はここ。」
ヤーンは襖の前で立ち止まった。
かなり長い廊下だったけれど、交流を深められた気がするからよしとしよう。
「じゃあ、一番乗り。」
ワクワクしながら僕はその部屋に踏み込んだ。
⋯⋯ 何でこんなに人数を増やしてしまったのか




