三回戦4
どこんどこん。
炎と炎がぶつかり合う音が強弱をつけながら響きあいます。戦いを終わらせるためにホウラクを使用したはずなのに、それでも警戒する必要などないと思われて、また2人の戦いが再開しました。悔しくないと言ったら嘘になります。でも2人の判断は正しいのです。私にはもうホウラクは打てません。これ以上やると仮想空間とはいえ山体を保てなくなるでしょう。すなわち、私には飛び道具を使用不可能なのです。ならば、私のことは意識から切って、邪魔な炎の持ち主を潰してしまおう。合理的な判断です。
こちらとしても、生き残った方の消耗を誘えるのでありがたいです。でも、さっきも言いましたけど、何かを忘れているような。
ぴしり。空気が凍りつきました。メラメラと燃え盛る炎が全てを赤く熱く焦がしていたはずなのに、一瞬で空気が凍ります。
「なんでこう炎上地帯しかないのかな。私に対するいじめかなあの主神。」
表面上はそんな軽口を叩いて、内に静かで激しい怒りを飼っていることの伺える恐ろしい声が聞こえてきました。
思わず振り返ると炎の中から現れいづる神様の姿が、まるで炎の道を破った聖人のように私の目に映りました。
「おっ、ようやく火の中じゃない舞台で戦えそうだね。」
こちらを視認したらしきあちらのセリフ。これまで激闘をくぐり抜けてきたであろうその語り口調は、これまでの戦いの環境に対する不満を隠し切れないものでした。
「ヤクシ! 」
ユウキさんの同定する声。そうです。一昨日、宿を貸してくださったヤクシさんが、極寒の冷気を、亜麻色の髪を逆立てて放ちながら、近づいてきました。
「おや、君たちなの。まあ、遠慮はしないよ。」
ヤクシさんはちょっとだけ驚いたようでしたが、すぐに、向かってきました。
手に持つのは生成したのであろう青の杖。極寒の冷気があたりへ浸透します。
「火じゃなければもっと命を落とさずに済んだんだけど。」
ヤクシさんは火山ではありません。この燃え盛るフィールドの悪影響を十分被ってしまったのでしょう。⋯⋯ すでに命を落としているとか、普通に復活しているとか、ツッコミどころはたくさんありますけれど。
私たちに取ってもこの環境は、存在しているだけで体力が削られる環境です。ヤクシさんの冷気で中和されているこの状況は、ある意味では歓迎できるものでした。
いかに炎に巻かれたと言っても、ヤクシさんが死ぬはずがありません。生半可な傷ならすぐに直すことのできる実力を持っているのですから。ただ、それでも、この炎の環境は彼女の山の力を削っているようで、おそらく彼女が復活できる回数はそこまで残っていません。⋯⋯ ヤクシさんのセリフではありませんが、この舞台を設定した人物への疑惑が残ります。
ヤクシさんは、なぜだか接近戦を挑んできました。彼女の杖を捌きながら、そのわけを考えます。彼女は癒しの力とともに雪山としての力を持っています。⋯⋯ なんでそんなにたくさん能力持ってるんですか。私は犬っぽいことができるだけですが。まあ、いいでしょう。私の努力不足に関しては突っ込まないことにします。
こちらの剣の届かない場所から吹雪を吹かせることができれば勝利は決まったようなものだったでしょう。さすがにユウキさんも、吹雪は切れません。⋯⋯ 切れませんよね。なんだか切れる気がしてきました。ま、まあ、それは置いといて。
ヤクシさんが遠距離戦を行わなかった理由はおそらく、彼女の消耗度合いにあります。これまでの激戦を忍ばせるように、彼女の服は大きく乱れています。幸運にも、ほとんどの山神と接敵しなかった私たちと違って彼女はなんども、戦いあったのでしょう。その過程で、命やら魔力やら山体力やらをかなり減らしてしまった。だから、効くかどうかわからないのに消耗する遠距離攻撃を行うよりは、何も消費しない接近戦を挑んだのでしょう。
私は、そう考察しました。戦いはユウキさんに任せておけばいいので気が楽です。
ユウキさんとヤクシさんの打ち合いはまだ続きます。杖の真ん中を持ち、両側で嵐のように打突を繰り出してくるヤクシさんの攻撃を捌くのは、あんまり使う人のいない武器ということもあり、戦った経験のないユウキさんの神経をすり減らしているようでした。
ヤクシさんの杖をなんとかはじき返して、仕切り直します。
「なかなかだね。」
舌なめずりでもしそうな雰囲気で、ヤクシさんはニヤリと笑います。
「そっちこそ。」
息を弾ませて、ユウキさんも笑い返します。
未だに周りでは炎がパチパチとはぜ、ソアさんとヒウチさんの戦いの音が聞こえます。残りは4人。少なくとも4人です。二人は脱落します。
「さて、埒があかないから、スタイルを変えよう。」
ヤクシさんは杖を片手に持ち替えました。
「氷よ。」
言葉とともに彼女の杖を持っていない左手に冷気が集まり凝縮し、大きな氷が出現します。
「魔法杖スタイルってね。」
ヤクシさんが左手を振ると時間をずらして横一列に散開し、氷の礫が逃れる場所を与えぬように突撃しました。弾着時間がずれているので、よけられないこともありません。斜め前に私たちは移動していきます。少しでも近づかないと勝機はありませんから。
「シッ。」
呼吸を集中すうるような短い声が、氷の弾幕の後ろから聞こえました。
ユウキさんの足へ向けて、杖が突き出されます。対応しにくいところです。氷のせいで予備動作が見えませんでしたから。
ユウキさんは飛ぶことで難を逃れました。しかし、楽々とは行かなかったようで、バランスを崩してしまいます。さらに追撃をかけるように突き出される杖。弾幕を弾きながらの近接戦闘は難しいです。ヤクシさんは、ユウキさんと張り合うことができるほどの近接スキルを持っているようで。⋯⋯ この人の本職ってヒーラーですよね。ちょっとオーバースペック過ぎでは。
さすがに杖を握るのは片手なので、そこまでの威力はありませんが、左手から時折放射される氷の魔術が厄介です。かなりの冷気が確認できるため、命中してしまうと、戦闘力が著しく下がってしまうでしょう。
ヤクシさんの腕前を前にどんどん追い込まれていきます。私の悪い予感が的中してしまいました。
⋯⋯ まあ、ヤクシ相手にはこのくらいしないと誰も勝てないから。ヤーンは悪くない。




