試合の合間3
咳が止まりません。
二人がいなくなった広場で、僕とサクラは無言になってしまう。二人きりだ。ユウキとイチフサがいたおかげで考える暇がなかったあの一回戦でのサクラの告白が今更ながらに思い出されて、こそばゆい。
ちらりとサクラの方に目を向ける。桜色の髪が首筋に張り付いてなんだかエロティックだ。少しだけ僕より小さい身長が神様なのに女の子であることを意識させる。頑なにこちらに目を向けないってことはおそらく彼女もそのことを考えているのだろう。どちらから喋り出すこともなく、ちょっと気まずいけれど甘酸っぱい時間が流れる。
でも、こんなの僕に似つかわしくない。僕は何があろうと、たとえ無駄なことだと後ろ指をさされたとしても、思考するのをやめない人だと思っている。そしたら主人公じゃなくなっちゃう。⋯⋯ 思考し続けるのが主人公の条件ってそれはそれでどうかと思うけど。
「あはは。うん。剣はそうでないとね。」
僕の思考を相変わらず勝手に読み取ってサクラは朗らかに笑った。
「剣が、変な思考をせずに私のことだけを考えてるのは、なんだかくすぐったくて、嬉しかったけれど、でも、やっぱり剣にはその思考が似合うと思うわよ。」
思考が似合うってどう言うことだよ。でも、褒めてくれているんだろう。きっと。
「私だって、どう言う反応をしたらいいかわからなかったわ。それならあなたがいつも通りに過ごしてくれた方がいいと思うの。」
サクラの言い方は彼女に似合わず優しくて、僕は戸惑ってしまった。
「こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃないの。」
僕が何も言えずにいると、サクラは耐えきれなくなったように赤くなった。
サクラの照れ顔は眩しくて、可憐だ。彼女の表情は千変万化する花のように美しい。
「はいはい。それで終わりじゃ。あんまり恋愛空間を形成すると迷惑じゃ。」
シロの呆れ返った声が僕らのその雰囲気をぶち壊した。正直、このままじゃ、サクラのことが好きで好きでたまらなくなりそうだったから、助かった。うん。やっぱり好きか嫌いかで言ったらサクラのことは好きだ。その性格もそのよく動く表情もその綺麗な表象も、全てが愛おしい。ユウキがいなかったら、間違いなく恋に落ちてしまっただろう。
「最後っ屁かの⋯⋯ 」
サクラの真っ赤になってしまった顔を見て、シロはかなり失礼な感想を漏らした。
「まあ、それはともかくとしてじゃ。そろそろ、三回戦も始まるようじゃよ。」
いつのまにか帰ってきたと言うか。こちらに僕らがいることもわからなかっただろうに、当然のように探し当てて合流する。さすがはシロだ。むしろ、全然シロを迎えに行かなかった僕らにこそ問題があるかもしれない。シロはせっかく本戦に出場することができたんだから祝いでもなんでもいいから迎えに行けばよかった。
「そうじゃのう。その気持ちだけで十分じゃ。⋯⋯ などと言うと思ったか。なんで迎えにこんのじゃ! 」
セリフの途中から流れが変わった。ノリツッコミの一種だろうか。シロ時々ノリツッコミする時があるな。
「言い訳もせずにのんきに感想を述べるとは、なかなかじゃのう。」
シロの目の中に黒いものが宿った気がして、僕は即座に謝る姿勢を取った。いや、だって、さっきのシロ無双見ただろ。割と何も感じずに命を取れるぞこの子。
「ま、素直に謝れるのは才能じゃな。」
僕の謝罪の言葉にシロはいつものように呆れたようにそう返した。これは、許されてるね。セーフだね。よし。僕は小さくガッツポーズをした。
いつものように白一色で、先ほどの血にまみれた姿など微塵も感じさせない。ちょこっと首を傾けて、不思議そうな無垢な表情で、こちらをうかがうシロはあざといというか、油断がならないというか。少しあの修羅のような戦いぶりを見たことで自分の心が臆してしまうかもしれないと不安だったけれど、いらぬ心配だったようだ。
神様たちの流れもひと段落して、そろそろ本式に三回戦が始まろうとしている。僕は少し断って、屋台から串焼きを取って来た。さっきからいい匂いが漂って来て我慢できなかったのだ。
うちの二本をサクラとシロに渡す。品揃えが豊富だったのでそれぞれ別の種類だ。サクラは幾分照れながら、シロは驚きを隠せないようにしながらも受け取った。
「ふふ。恋人みたいね。」
サクラは嬉しげに楽しげに笑って、口に肉を入れる。いつもはもう少し豪快な食べ方をしているはずなのに、今日はなんだかおしとやかで口があんまり開かない。
「全くもう。剣はこれだから。」
ぷんとそっぽを向くサクラ。心当たりはありすぎるので、必死に謝る。
「なら口を開けなさい。」
交換条件みたいにサクラはそう命令した。よくわからないけれど、これで許しがもらえるのならば安い方だ。
「はい、あーん。」
サクラが自分の食べていた串をそのまま僕の口の中に突っ込んで来た。思わず口を閉じて噛み切ってしまう。
「どう? こっちの味もいけるでしょ? 」
はにかむようにまっすぐに僕を見て微笑む。僕はバカみたいに咀嚼しながら立ち尽くすことしかできなかった。えっ。なんなの。サクラかわいい。どうした。何があった。えっえっ。思考はいつものごとくフル回転しているのに、大したことはいつも以上に考えられなくて。僕はどう考えても混乱していた。
「ふむふむ。なかなかじゃの。」
どちらも動けなくなった一瞬の空白をついてシロがサクラの串を奪い取り、自分のと食べ比べるように交互に口に入れる。
「ちょっとシロ! せめて許可を取ってから食べなさい! 」
サクラの指摘はごもっとも。
「こちらをやるわい。」
そうしてもともと持っていた串をサクラに差し出した。
「ふうん。ま、そういう交換条件なら、見逃してあげるわ。」
サクラはそれでも不満そうに串を奪い取る。
さっきのシロの行動は多分、恋愛空間の破壊を目論んだんだろう。ユウキに躁を立てる身としてはナイスアシストというべきかもしれないけれど、でも、うん。自分に正直になろう。僕はあのままにしてくれた方が良かったと思ってる。手ひどい裏切りのような気もするけれど、そんな罪悪感より、サクラへの愛しさが心を占める。⋯⋯ どうすればいいんだろうか。恋愛弱者を自認する僕だ。いい知恵なんぞ浮かんでくるわけもない。
とりあえずは現状維持だ。そうしよう。逃げに過ぎないことはわかっているけれど、逃げだって大事だ。
助けてくれ。サクラに勝てない。無視できるビジョンが存在しない。




