出歯亀神様s
描くのが楽しかった話の一つです
そのままユウキと剣は別の部屋に入って行った。
それを遠くから確認したヤーンは堂々と扉の前に転移した。
彼女はこの面白そうなイベントを見逃すつもりなど全然なかった。
この日の出来事にちょこちょこと細工をしたのはヤーンであり、この流れを作ったのはヤーンであるとも言える。
普段と違う宿り場所。さらにお風呂という色々と面白い化学反応が起こりそうな場所。
あの露天風呂空間はヤーンの心憎い心遣いによって普通の時間軸よりもだいぶ速く時間が流れている。
速くなっているということは、その場所にあるものにはわからない。
すなわち、お風呂場で気を抜いてしまって長風呂をしてしまっても、外ではそこまで時間が経っていないということになる。
同じくらいについたはずのサクラと剣だったのに、剣にだいぶ遅れてサクラが参入して来たこと。
それに、剣が出た時にはまだたっぷりと時間をとってお風呂に浸かっていたはずのシロとサクラがユウキへの剣の告白に間に合ったのはそれが理由である。
⋯⋯ こんなところで、時間操作などという高等技術を大盤振る舞いしていいのだろうか。
⋯⋯ 何方かと言えば、小盤振舞いといったところではあるかもしれないが、まあ、いいだろう。
ヤーンの思考は割と楽しむことに振られている。
永劫の時を生きることができる上に、ある程度の時間操作をも可能にする時間の神。
できないことなど、ほとんどない。
だからこそ、自分一人の力では操れない、感情を豊富にもつ人だからこそ起こりうる恋愛のドラマが大好きなのだ。
彼女からは決して逃れられない。
昼ドラ警察のごとく、痴情のもつれから青春の一ページまで、目の届く範囲の恋愛模様はすべてチェックしている。
そんな彼女にとって、今の剣とユウキと、他の三人の関係はとんでもなく面白いものだった。
彼女には知り合いとして許せる人間は一人もいなかった。
自分を偽ることなく仲良くなるのはヤーンには不可能なことだったし、彼女の能力は人のそばで生きるにはあまりに特異でありすぎた。
なんでもやり直せること。
それは人の身には過ぎた力であったし、世界線が分岐して行くのをなまじわかるだけに嫌ったのはヤーンとしては当然の選択であった。
自分が何人にも分裂して感じられたらそれは嫌だろう。
そういうわけで、彼女はその能力を自在に操ることは自分自身に制限として枷をかけている。
振るうのは、誰にも迷惑をかけないところ。
つまり、こんな山奥のこんな神しかいないところはヤーンの遊び場なのであった。
そこまで実害はないので、許してあげるべきだろう。
ただ、全てを知った場合剣とユウキが悶え死ぬだけだ。
「ふふふ。うまくいったみたいね。」
ヤーンはいたずらっ子のように、しかし艶然と微笑む。
「ヤーンさん!? 」
その場から動けないかのように立っていたイチフサが驚きの声を上げる。
「シー。静かに。」
指を口のあたりに持ってきて、ヤーンは、彼女を制した。
ここで騒ぎなどということになってしまえば全てが台無しだ。
彼女はただ、ニヤニヤしながら、初々しいカップルを見物したいだけなのだ。そう。
だからこうしてのぞき穴を作り出しているのは全然おかしなことではないのだ。
流れるような動作で部屋の穴あけを完了した彼女は満足げに息を吐く。
主神様だというのに何をやっているのだろうか。
どこぞの盗人みたいなことをしないでもらいたいものである。
「な、何やってるんですか。」
案の定、イチフサに引かれていた。しょうがないね。どう見てもただの不審者だったからね。
「まあまあ、気にしないの。それより、あなたも気になるでしょう。」
「ま、まあ、気になるか気にならないかで言えば気になりますけれど。」
イチフサは押しに弱い。ヤーンに押し切られた格好になった。
それ以前に彼女自身が気になってたまらなかったというのも大きいが。
二人して扉に耳と目を集中させる。
心の声は、相手の姿を目視していないと聞こえる事はない。
なので、少々強引にものぞき穴を作る必要があった。
「⋯⋯ 何やってるんですかあんたら。」
呆れ返った声がした。アサマだ。
剣から逃げた後、ほとぼりが冷めるのを待ってこの廊下に戻ってきた彼女が見たのは、客人が泊まっているはずの扉の前で、中を見ようと張り付いている、白トーガの主神様と、巫女服の同僚山神。
それは呆れ返る。当然だ。そこまで口調は荒くないはずのアサマが、あんたという普段は使わないような言葉を使っているのがその証拠である。
「いいですか、ここは僕の家です。この家で変なことをしようものなら、僕の名に傷がつきます。あんまり酷いようなら強制的に排出しますが。」
少々理性が戻ってきて、主神に対するものにふさわしい丁寧さを帯び始めたが、その言った内容は苛烈なものだった。
ヤーンは少し青ざめる。この家はアサマのものであり、この中では自分の神としての力も阻害される。
アサマが我を通すとなったら、彼女は引くしかないのだ。
「ちょっと、落ち着いて。大丈夫、私たちは見ているだけだから。何もする気は無いから。大丈夫だから。」
必死に誤魔化そうとするヤーン。なんだろう。
この星でいちばんの大物のはずなのに、どこからどう見ても小物だ。
「ん。何やっているの?」
アサマと逆方向、一階へ降りる階段がある方向から、ヒウチが現れ、状況を確認しようとした。
確かにカオスすぎてよくわからない感がある。
扉前に神が二人、それを咎めるかのように近づくアサマと、言い訳しようとそちらをむく二人。
どうしてこうなったのだ。結局部屋の状況は全く伝えられていないのだが。
もっとちゃんとしろよレポ委員。⋯⋯ まあ、地の文がどれだけ文句を言ったところで状況は変わらない。
総勢4人の神が扉の前でうるさくしていると言うなんとも邪魔すぎる状況だ。
記念すべき初夜なんだぞ。もっと配慮しろ。
結局四人で談合して、覗きは続行という話になった。
ヒウチが、感情の少ないままにアサマを説得しきったのが大きかった。
妙な迫力があって逆らえなかったのだ。もう、ヒウチがラスボスでいいんじゃないだろうか。
主神よりアサマが強くてアサマよりヒウチが強い。⋯⋯ あれ、主神弱すぎ⋯⋯ ?
ま、まあ、気にしないのが吉だよね。
というわけで、一応家主の赦しも受けたので、おおっぴらに覗きを続行できる。
活き活きとスニーキングに勤しむ神様たち。どう考えても活躍の場を間違えている。
石「名前変更のお知らせ。」
タ「もう変わってるわね。」
石「そう。君はもうオオユキではない」
タ「誕生日会のも直しとくんなら文句はないわ。」
石「これで、あのお嬢様口調の人と差別化ができた!」
タ「でも、タテと被ってるわね。」
石「さっきは二音被ってたから! レベルが違うから!」
タイ「これでいいかしら。」
石「うーん。カタカナだとオッケーだと思っていたけれど、やっぱり別の意味に取れそうだな。」
タイ「もう変更はやめてよ。」
石「まあ、さすがに変更するのがめんどくさいし、やらないと思う。」
タイ「よかった。」




