第五回 新旧石器対決
こんにちは。今回も「農耕・牧畜の開始と国家の誕生」を扱います。前回、ゴードンというマルクス経済学の影響を受けた考古学者が唱えた二つの変革について書きましたが、今日も出てきます。
農耕・牧畜が始まると、人類は集落に住み、織物や土器をつくり、また石斧・石臼などの磨製石器がもちいられた。新石器時代の始まりである。
人間は道具を使うことによって環境に適応した。時がたてば道具の質も上がる。「打つ」ことから「磨く」ことを覚えた人類は生活の質も上げた。ただケンカを売らせてもらおう・・・
新石器時代って複雑なんじゃ!
旧石器時代と新石器時代。人類が扱う道具によって時期の名称が変わっているのだが、わざわざ「旧」と「新」という名称で表記するのは少しややこしくないだろうか。もちろん、石器の使用で共通していることにはまちがいないが、打製と磨製の差をはっきりさせるには少しパンチが弱いのではないか。、例えば、日本史の内容で悪いが、武士が日本で政権を取って開いたものは幕府である。細かいものは置いといて、全国的に日本史上に存在した幕府は
鎌倉幕府
室町幕府
江戸幕府
の三つである。それぞれ名前は政治の実権を握っている将軍がどこに住んでいるかを表している。つまり将軍の住まいが幕府にとって大事ということだ。将軍がどこに住むかで政治機構や行政区分が変わってくるのだから違いが明確である。もちろんそれだけで幕府の全貌を解説することはできないが、大変シンプルでわかりやすい。
だが、旧石器と新石器という言葉から何が想像できようか。分かることは旧と新という時間関係と石器という道具だけだ。道具がどんな形をし、どんな用途かもわからない。一言でいうととっつきにくい言葉である。ではこの旧石器と新石器をとっつきやすくしていこう。
前回までのさんざん説明したことだが、『旧約聖書』によって、先史時代というものはないのが、19世紀半ばまでのヨーロッパの考え方であった。言葉を話せて当然、火を使えて当然、道具を使えて当然であった。
そんな中で1838年、スウェーデンの考古学者にして博物館の館長であったトムセンは、博物館にv収集してあった、人間の道具をその材質に別に区分することにした。すると、人間の道具は大きく三つに分かれることを発見した。それは
石で作られた道具(石器)
銅(青銅)で作られた道具(青銅器)
鉄で作られた道具(鉄器)
の三つである。最も作り方が簡単なのは石器、難しいのは鉄器。トムセンは、人間は石器→青銅器→鉄器の順番に製作したという説(三時代区分法)を唱えた。ここで重要なことは、人類の祖先の化石は発刊されてはいたが、まだ認識されておらず、注目されていなかったということだ。トムセンはただ博物館の道具を整理しているだけに過ぎず、石器が使われていた時代だから石器時代、といった単純な考えしか持っていなかった。
ややこしくなってくるのは1865年からだ。イギリスの考古学者ラボックが石器時代を二つに分けたのだ。
旧石器時代―打製石器
新石器時代―磨製石器
石器を作る過程によって更なる時代区分を行ったのだ。現在につながる名称であり、石器時代を二つに分けた名残として、旧と新という言葉がついたのだ。皆さんついて来れているだろうか。
この後、旧人や原人などの骨が発見されるなど、発見が相次ぐとこの二つの区分に別の特徴を付け加えることとなる。
旧石器時代―打製石器、食糧獲得経済
新石器時代―磨製石器、食糧生産経済
これによって、「旧石器時代」や「新石器時代」という名称が石器以外の意味を帯びることとなった。ただ全世界にこの理論を適応させるのは無理があった。
ここで出てきたのがゴードン・チャイルドである。彼の二つの変革を思い出していただきたい。
第一の変革―食糧獲得革命
第二の変革―都市国家革命
前回までの経緯を踏まえると、ゴードンは石器と生活様式の関係は必ずしもないとした。しかし彼は自身が唱えた第一の変革を「新石器革命」と名付けたのだ。もはや石器は時代区分に関係しないにもかかわらず、名前だけが残ったのである。
教科書の記述に戻ると、いまだに新石器時代は農耕や牧畜と関係があると書かれてある。これはひとえにゴードンがつくった「新石器革命」という言葉が関係するのかもしれない。




