第二回 驚きはネアンデルタール人から
さて、第二回でございます。内容は前回から続く「人類の誕生」についてです。参考・引用書籍は『詳説世界史B』です。斜めがけが引用部分になります。
ネアンデルタール人が人類の祖先であることが20世紀半ばから世界的で認められたというところまで書いた。正確には1964年に考古学者のブレイスによって認められた。100年間で何が変わったか。実は、ネアンデルタール人以外にも、人類の祖先と思われる化石が世界各地で数々発掘されたのである。1868年にはフランスのクロマニヨンで(新人)、1891年には東南アジアのジャワで(原人)発掘されたのが代表例である。
やがて約240万年前、アフリカに原人が登場した。ホモ=ハビリスやホモ=エレクトゥスは、ハンドアックスなどの改良された打製石器と火を使用して狩猟・採集生活を営んだ。
ついで20万年ほど前にアフリカにあらわれた人類を新人といい、われわれと同じ現生人類(ホモ=サピエンス)に属する。ヨーロッパのクロマニョン人や中国の周口店上洞人がこれにあたる。
そして、極めつけは1925年にアフリカで猿人が発掘されたことである。
最初に出現した人類を猿人といい、アウストラロピテクスなどがこれに属する。そのなかには簡単な打製石器をもちいるものもいた。
こうした発掘、調査から、猿人→原人→旧人→新人という順番で人類は一斉に進化を遂げたという説(単一種説)が有力となった。しかしそれは、1975年、多地域進化説によりくつがえってしまったのだ。これは、人類へと進化した時期は、地域によって違うというものである。
その後も研究は進み、何とネアンデルタール人は人類の祖先であることと、多地域進化説の2つが否定された。発掘調査が進んだことや、化石のDNA検査が発達したことが大きい。人類の祖先をめぐる論争は常に変更されているといっても過言ではない。
教科書の「神」の目線はあくまで暫定的な事実を映しているにすぎないが、読む限りだとこの「暫定的」感があまりない。もう少し、読者に正解を与えない「遊びの空間」があってもよいのではないかを考える。




