ホシは戻らない
怖い話です。
輪ゴム鉄砲の飛ばし方、知ってますか?
「星子ちゃん、信じてくれるかい?」
小さい頃の私は、おじさんにそう聞かれると迷わずうなずいていた。
そんな私に、おじさんは決まって目を細めて笑いかけてくれる。それが嬉しくて私は何度もせがんだ。
「おじさん、またあのお話して!」
親戚のおじさんがいつも語ってくれた、創作物のおとぎ話。
おじさんがまだ若い頃にね…。そんな語り出しと静かで穏やかな声音は、今でもよく覚えている。
「指に輪ゴムを引っかけて、鉄砲みたいに飛ばす遊びがあるだろう?おじさんはそれが大得意でね。でも、鍛えすぎてある日、おじさんはとんでもない事件を起こしちゃったのさ」
そう言っておじさんはポケットから輪ゴムを出し、素早く指にかけた。
「そう、何でもないある日のこと…。おじさんは空に向かって輪ゴムを飛ばしたんだ。そしたらおじさんの鉄砲が強すぎて、宇宙にある星が一つ壊れちゃったんだ」
口をあんぐりと開けて驚く私の前で、おじさんは輪ゴムを飛ばしてみせた。輪ゴムは床に当たって落ちたが、床はびくともしない。
「ねぇおじさん、床は壊れないの?」
「ああ…それにはワケがあるんだ。おじさんが星を壊したから、その星に住んでる動物たちが怒っちゃってね。おじさんに魔法をかけて、鉄砲を弱くしちゃったのさ」
信じてくれるかい。そう聞かれて、私は無邪気にうなずいていた記憶がある。
ーーだけど、それは本当に昔のこと。
「今思えばさぁ…なんであんな子どもダマしにやすやす引っかかったんだろ?ウケるし!」
周りのヤンキーが爆笑するのを見て、私はにやけながらパックの唐揚げを口に放り込んだ。丸飲みしかけて喉がつまったが、ぐいと缶ビールで流し込む。
今の私は大人が嫌いだった。勉強勉強ってうるさく言われるから嫌になって、反抗として思い切りバカやっていたら、いつの間にかこんなところに居座るようになっていた。
助けてくれる神様はいない。おとぎ話は信じない。信じているものと言えば、明日もこうしてコンビニの駐車場で夕食を済ますであろうことぐらい。
おじさんのおとぎ話は、今や「ウチのおじさんイタくね?」という笑い話のネタになっていた。
「星子ー。この後カラオケ行かねー?」
仲間の一人に誘われて、私達はカラオケに移動することになった。
空っぽになった唐揚げのパックを地面に投げ、その場を去ろうとする。ふと手元に輪ゴムがあるのに気がついた。
そうだ。いっちょ、もっと笑いを取ってやろう。
「ねぇー、みんな!今からおじさんの戯れ言、マネしてみるよー!」
仲間が振り向く。私は指に輪ゴムをかけて、人差し指を空に向けた。中指を軽く動かす。
「そーれ!星が壊れるなんて、バッカみてぇ!」
仲間の笑い声。と同時に、パチンと音がして輪ゴムは真上に飛んでいった。
何も起きない。見えるのは電線と、チカチカ光る飛行機だけだ。
…だけ?
輪ゴムは?
どこへ行ったの?
「星はどうもないけど、輪ゴムどこ行ったし…ねぇ、みんな?」
そこで初めて、辺りが静かなのに気がついた。
見回しても人がいる気配はない。
「コンビニの中かな…」
自動ドアの前に踏み出した、その瞬間。
耳をつんざくような音がして、思わずその場にうずくまる。しばらく頭を手で押さえたまましゃがんでいると、そっと私の肩を叩く手があった。
「もしもし。きみ、大丈夫?」
目をつぶったままうなずく。声をかけてくれたことで、少し固まっていた体から力が抜けた。
「だ…大丈夫です。ちょっと音に驚いただけで…」
「そっか、それなら良かったよ。それでさあ」
声のする方に向き直り、顔を上げる。目の前にひょろりと背の高い影がいた。
差し出された手は、緑色。その上に先ほど飛ばした輪ゴムがある。
影は魚のような目で私を見下ろし、言うのである。
「ボクノホシ、ドウシテクレルノ?」
影のバックには、遠い宇宙で燃えさかる二つの半球が見えていた。
お読みいただきありがとうございました。
ハナからおとぎ話を否定していると、のちのち責任の取れない事態に出くわすかもしれませんよ。ご注意を…。
それと、輪ゴム鉄砲は人に当たらない場所でやりましょうね。おせっかいですが、一応注意しておきます。