第6話
表に立っていたのは、ほかならぬ美鈴だった。
「美鈴……。どうしたんだ?」
言い終わるか終わらないかのうちに、美鈴は俺の胸に倒れ込んできた。ツィベリアダを出るときマスターが用意してくれた、プレゼントを入れた紙袋がドサリと落ちる。長い髪がふわりと揺れ、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐった。ブラウスを通して伝わってくる体温は、いつもより熱い。
「すまない……。実はわたしも酔ってしまったらしくてね。少しでいいから休ませてくれないか」
「……!! もしかしてさっきから……!?」
「いや……たった今だよ」
美鈴は小さく答えたが、それが俺のための嘘だということは、すぐにわかった。
先程とは比べ物にならない自己嫌悪が、俺の胸を突き上げた。どうして気づいてやれなかったんだ……。ツィベリアダで、美鈴は必死で自分を保っていたに違いない。俺が心を痛めないように、送り手としての負担が少しでも軽くなるように。こんな……こんな、家にも帰れないほどふらついているのに。
「美鈴……! ごめん……ごめんっ……!!」
抱きしめようとしたが、俺ははっとして腕に入れかけた力を抜いた。美鈴の苦痛を倍増させてしまうかもしれないし、抱きしめるより先にすることがある。
「気持ちが悪いのか? トイレに入る?」
尋ねると、
「そういうんじゃない。ちょっとめまいがするだけだ」
美鈴は小さくかぶりを振った。俺は美鈴を部屋に運び入れ、ベッドに寝かせる。
「大丈夫?」
体調の悪い相手に「大丈夫?」というのは、よく考えたら愚問だよな――。そんなことを思いつつも、訊かずにはいられなかった。
「ああ。横になったらだいぶ楽になったよ」
美鈴は微笑み、毛布から手を伸ばした。俺はその手を取って包み込み、
「本当にごめん……。せっかくのパーティーを台なしにしてしまって。あげくの果てにこんなことに……」
うなだれた。知らずしらず歯を食いしばってしまう。
「何を言っているんだ、駆くん!」
思いがけず強い調子で、美鈴が言う。
「台なしだなんて、そんな悲しいことを言わないでくれ。最高のパーティーだったよ。君の気持ち、みんなの気持ち……どれだけ嬉しかったことか」
俺ははっと顔を上げた。さすがに元気そうとは言えないが、まぎれもない優しさと幸福感をたたえた澄んだ瞳が、俺を見つめている。
「だから、自分を責めるな。もちろん、マスターのことも。誕生日の主役の言うことだ、きちんと聞いてくれたまえよ」
「美鈴……」
嬉しくて、不覚にも涙がにじみそうになる。そうだ、俺が落ち込むことが、いちばん美鈴の気分を暗くするんじゃないか――。
「ありがとう。わかったよ」
ようやく、俺は偽物ではない笑顔を見せることができた。そう、完璧なんかじゃなくていい。美鈴が心から喜んでくれたのなら、それだけで大成功なんだ。
もう片方の手で、俺は美鈴の頬に触れた。
「キス……してもいいか?」
普段なら了解を取ったりはしないのだが、今は事態が事態なので念のため訊く。
「さ、酒臭いかもしれないぞ……」
美鈴はちょっと目を逸らした。
「そんなこと、気にするわけない」
言うなり、俺は身を乗り出して美鈴の唇をふさぐ。
「んっ……」
美鈴が喉の奥で声を上げた。軽く舌を触れ合わせ、口内を舌でなぞり、そっと顔を離す。
「んぁっ……はぁ……」
美鈴が吐息を漏らす。名残惜しげにうるんだ瞳と、桜色に染まった頬、まだわずかに開いた唇――。ダメだ。あんまり愛らしくて、色っぽくて、俺のほうこそめまいに襲われそうだ。
「ゆっくり休んで。俺はシャワーを浴びてくる」
湧き起こってきた欲望を、あわてて抑えつけながら言うと、
「……ああ」
美鈴もどこかぎこちない、恥ずかしげな調子で答えた。




