育ち盛り
「あ、あのこれ……」
「はあ」
目がくりっとしたショートカットの女の子が淡いピンクの封筒を差し出した。びっくりしたのは初めの頃だけで。今じゃ見るたびに結構うんざりしている自分がいる。
俺は私立高校一年のどちらかっていうと地味な男子だ。取り立てて頭が良いわけでもない。良けりゃあ第一志望に受かってたし、ここの特別進学クラスいわゆる特進に進んでいるだろう。
運動も走るのは好きだが球技は苦手。見た目もそこそこな俺がなぜ女子からの手紙にうんざりするなんていう贅沢なことを言っているのかというと……。
「で、林に渡せって? それとも田口? こういうの、自分で渡したほうがいいよ」
ため息まじりにその女子の手元を見た。ま、そういうことだ。この手紙は俺宛てじゃない。だけじゃなく、今までのすべてが俺宛てじゃない。
愛想良くなんてできるわけがない。
「だって林君を目の前にすると何にも喋れなくなるんだもん」
涙目になって訴えられてたじたじとなる。いつもつるんでる二人、林はスポーツ万能で男の俺から見ても爽やかなイケメンな上に明るくて話しも面白い。だが、ど助平なんだがそんなことは女子は知らない。
片や、田口は「おまえ絶対中一だろ」というくらいのベビーフェイス。色素の薄い髪や瞳の色も相まって、コアなファンがいるらしいこの学校の幼稚舎からいるお坊ちゃまだ。
目立つ二人に挟まれた凡人な俺は、こうやって日々プライドを傷つけられている。
「渡すだけでいいから」
「お、おいっ」
可愛い女子は脱兎のごとく消えて行った。その逃げっぷりは驚くほどだ。残された可愛い手紙がやけに眩しい。
「モテモテだな、丘野君」
突っ立った俺の後ろからかけられた声に、相手が誰か分かったが、あえて知らんふりする。
「シカトしないで欲しいなあ」
「俺に構わないでくださいよ、笹井先生」
――うるせえよ、おまえにモテモテなんて言われたくないんだよ。ふざけんなよ、この狐つきめ。
まあこの悪態はひっそりと心の中で行われたわけだが……。
仕方なくのっそり振り向くと、そこにはこれまたうんざりするようなイケメンが優雅に腕を組んで立っていた。
養護担当の先生、笹井だ。アイドルばりの容姿だがこいつは狐憑きで性質がすこぶる悪い。関わり合いたくない相手ナンバーワンなのだ。
「そう言うなよ、ちょっと手を貸して欲しいことがあるんだけど」
「嫌です」
「まだ言ってないけど、用件」
「い、や、です」
笹井先生の頼みごとなんてろくなもんじゃない。妖怪がらみに決まってる。別に俺はそんなことを好きでやってるわけじゃない。
危険なことや、面倒なことは断固お断りだ。第一、笹井先生の頼みを聞く義理も無い。こっちがお礼して欲しいくらいだ。この前使役している化け狐が増え過ぎて困ってる先生を結果的に助けてしまったんだから。
それにだいたいの事はその肩に乗っかってる化け狐にやらせればいい。横を向いた俺に、ふうんと笹井先生は言いながら肩に乗った狐に何か指図する。すると狐はぴょんと先生の肩から飛び降りてさっきの女子を追い掛けて行く。
「さっきの彼女、急いでたよね。階段とかから落ちなきゃいいけど。打ちどころ悪くて骨折とか……どう思う?」
「せんせ、卑怯だぞ」
ったく、今に始まったことじゃないが笹井先生は性悪だ。人間の範疇なのが可笑しいくらい妖怪寄りだ。はあと俺はため息をついた。
「何すればいいんですか?」
「素直な子は好きだよ」
柔らかい声で笹井先生はそう言うと「黄葉戻れ」と呟く。するとあんなに距離があったのに黄葉と呼ばれた狐が帰って来た。
「じゃ保健室で話そうか、丘野君」
先生は女子なら失神するやつがいるんじゃないかと思うくらいの笑みを浮かべたが、相手は俺なので別に何もおこらない。
「気色悪い笑い方止めてもらえます?」
「あれ? これ必殺のやつだったんだけど」
「へえ……」
そうか、丘野には効かないかと先生はくすりと笑った。って、今のにヤラレル男子がいるっていう情報要らないですけど?
前は保健室の外も中も前は狐がうようよいたが、今では女子がうようよいる。俺たち、正確には笹井先生を見つけた女子がきゃあきゃあ騒いでる。
「せんせー、どこ行ってたんですかあっ。お昼休み終っちゃいますって」
黄色い声にぎょっとする。
「あ、昼飯」
くそっ、俺の昼飯。時計を見るともうあと五分くらいしかない。今から学食行ったところで時間切れだ。
嘘だろーっ。気づいてしまうともう腹ペコで俺は動けなくなりそうだった。
「君たち、早くクラスに戻らなきゃ。また、おいで」
にこやかに笑う先生が後ろ手にピシャンと保健室の戸を閉めた。
――ああこういうの、相手がすげー美人の先生だったらエロ動画みたいな展開もあるのに……と心の中でぼやいてみる。
ぐうぐう遠慮なく鳴る俺のお腹に先生はにんまりと笑った。
「話し聞いてくれるなら、そこの引き出しにアップルパイが入っているけど」
「アップルパイ?」
食いもんで釣られるもんかと思う気持ちは、先生が引き出しを開けて皿にのった旨そうなパイを見せびらかした途端に消え失せる。
許せ、俺のプライド。だってまだ育ちざかりなんだ。
「紅茶でいいかな?」
パイを口に詰め込んだまま、うんうんと頷く。
「ある場所にある物を届けに行ってもらいたいんだよ」
なんでそんなにアバウトな説明なの? それじゃあ全然説明になってない。嫌な予感しかしないが、聞くのは食べてからにしようとパイに齧りつく。
まさか食べ物にプライドを売り渡したつけがこんなに大変だったなんて善良な高校生には分からなかった。