桜
「桜、全然咲いてないわ」
俺が押す車椅子に座った彼女が毒づいた。
「まあまだ満開には早いからな。──あっちに咲いてるのは桜じゃないのか?」
苦笑しつつ、少し先に進んだ所にあるちょっと濃いピンクの花を満開に咲かせた木を指差してみる 。
「さあ?」
「さあ、って……」
「だって花のこと詳しくないもの。でも仮にあれが桜だとしてもあたしは薄いピンクの普通の桜が見たいの」
相変わらずわがままだなぁ。そんなことを思う。
「でも、桜って色んな種類があるけど薄いピンクのが一般的じゃない?」
「だな。てか俺はそれしか知らない」
「あたしも」
ははは、と二人して笑う。その後は無言でゆっくりとまだ全然咲いていない桜並木を歩く。
「あと三日」
「ん?」
「あと三日の内にあたしは体調を崩して死ぬわ」
「そうか」
別に驚いたりはしない。近いうちにそうなるであろうことは医者に言われてわかっていたことだ。
「あっさりしてるわね」
「そりゃあ前から言われてるしな。それとも何か?泣いてほしいのか?」
「泣いてるあんたの姿なんて天国行ってから笑い話しにできるわ」
にやりと笑って振り向かれる。彼女の顔はあと三日で死ぬとは思えないくらいに美しく、可愛らしかった。
胸にくるものがあったが悟られないように、こちらもにやりと笑い返す。
「天国?お前は地獄行きだね。死んでもずっと苦しめ」
「その時はあんたも道連れね。そしてあたしの分まで苦しんでもらう」
「いやいや俺みたいな善人は天国だろ」
「ならあたしは可愛いから天国行き。あんたみたいな馬鹿な男をたくさん釣ってみせるわ」
こんなくだらないことを話しながら歩き続けていると病院が見えてきた。この町では一番大きい病院だ。散歩の時間はもう終わりだ。二人してもう一度後ろに広がる桜並木を振り返る。
「この微妙な桜が最後なんてね」
「だったら満開になるまで長生きするんだな」
「無理」
「わかってるよ」
病院の敷地に入り、自動ドアをくぐる。
「……あんたは本当に馬鹿よ」
また無言になっていた彼女が口を開いたのは三階の一番奥、彼女の病室の前であった。
「頭はいい方なんだがなぁ」
扉を開け、中に入る。簡素な病室だ。もう何も無い。死期悟った彼女が母親に処分してもらっていたのだ。
「そうじゃない。あたしみたいな死ぬだけの女に構ってばかりなのを馬鹿だって言ってるの」
車椅子から降りて俺と向き合う。
「いいんだよ。お前のことが好きになっちまったんだしな」
「…………馬鹿」
顔を赤くして顔を背ける。そんな仕草が可愛くて、俺は彼女を好きになったんだ。
「……もう、寝るわ」
「そっか、んじゃまた明日──」
「来なくていい」
「え?」
「言ったでしょ。体調を崩して面会謝絶」
「……。それもそうか」
つまり、これが最後、と。
「じゃあね、ありがとう」
「──っ」
笑いながら言われた『ありがとう』。今まで一度たりとも言わなかったというのに。
「……三日後。お前のアホな寝顔を見に来るぜ」
ずっと我慢してたものがこみ上げてくる感覚をなんとか耐えて、笑って言ってやる。やけくその強がりだった。彼女にはばれているかもしれないけど構うものか。
三日後。確かに宣言通りに彼女は死んだ。
俺も宣言通りに顔を見に来てやった。安らかで、綺麗な寝顔だった。ちっともアホな寝顔じゃない。キスすれば目覚めるお姫様のような、そんな自然な寝顔だった──。
初投稿でありますがどうでしたでしょうか?
この話は去年に書いていたものですが時期的に少しずれてしまいましたが初投稿にはちょうどいいかな、という感じで。
感想等ありましたら是非ともよろしくお願いします。