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小説とは 「宇宙の流れ」を描くものである

掲載日:2026/11/01


 これまた素っ頓狂なタイトルで申し訳ないが、そうとしか言い切れないので、こうさせてもらった。多分、読後には、「ひょっとしたらそうかも」って思われるかもしれない。


 さて、前段として、我々はバズろうとして小説を書いている。私はなかなか自分の書いた小説がバズったことはないのであるが(笑)、というか、多分、ヒットしないように、ヒットしないように、と書いていると思われるかもしれないが、さにあらず、自然とヒットしないだけである。


 これはどういうことかというと、世間の流れというものがある。これは社会的流行であり、風潮と言えるものだろう。思潮と言っても構わない。そこに、合わせて、我々はモノを描いていると思うのだ。これは、否定できる人はいないだろう。


 だが、私は「宇宙の流れ」を書くものである。と言ってしまっている。それはなんなのかの説明責任を負ったことになる。まず、世間のとか、社会のというのは、『この世』のことを言っていることになる。私の言う「宇宙の」というのは、『あの世』のことを語っていることになるのだ。


 だが待って欲しい。『あの世』というのは、心霊の世界ってだけではないのである。いわゆる物理的な世界とは一線を画した世界ということなのだ。だから、妄想、感情、幻想、夢、未来、過去、みんなこの領域のものなのである。


 これを、量子場と名付けている人もいる。私は西田幾多郎は、この「量子場」のことを延々と描いていたので、その論文がやけに難解になっていたんだろうと思われる。量子力学では、サイコロの一から六までの、一つ一つの目がぼんやり見えているのが、『あの世』の世界ということらしい。


 それに対して、『この世』では、サイコロの目が一つしか見えないのである。しかも、『あの世』とは、過去未来を超越するので、我々はそこから汲み取って、予知夢を見たりするのだ。もっというと、いわゆる「作品が降ってくる」とかいうものも『あの世』から降ってくるのである。


 エジソンは、『あの世』からものを受け取るのが天才だったのだ。確か、彼は、起きているか、起きていないかわからない期間を意識的に持とう。そして、その時に、ひらめきが生まれるのだ。みたいなことをエッセイで書いていたと思う。


 このほどさように、『あの世』とは作品の宝庫なのであるが、つまり、『あの世』と交信するということは、未来を知るということになる。そして、宇宙の大体のシナリオは決まっているのだ。ここで、我々は運命論に打ち当たるのである。


 たとえば、このエッセイもどうなるかは決まっていて、どれくらいのアクセス数かも決まっている。私がどんな作品を残すかも決まっていると考えるとあとは引き出すという行為であり、創作なんてものはないとも言えるだろう。もちろん、実感とはまるでかけ離れているが。


 天外伺朗さんは、「だから、はからいを捨てよ」ということを言っている。実は、10月21日の活動報告に、そのことは書いてある。もし、そこら辺を知りたいのなら、私の活動報告の、『一切のはからいは無駄である』を読んで欲しい。


 考えてみれば、ゲーテも、古井由吉も、あの吉川英治も、「あの世」のことにアプローチしようとしていた節はある。宮本武蔵なんかは、禅の文学であり、いくらでも宗教的な名言が出てくる。


 今、我々は狭隘な科学万能主義に、目を塞がれているが、現在進行形の科学は、我々の思うよりも、もっともっと幅の広いものである。もっと頭を柔軟にして、迷信的なものの中にある、真実を探らないといけない。もちろん、外れも沢山あるが、もし、それを意識しないで、「世間の流れ」を追いかけていたら、早晩、書くものも無くなってしまうだろう。

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