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夢か現か幻か、耳を傾け流離うのみ。

掲載日:2026/10/06

ふらふらと彷徨いながら、俺が見つけたのは、こじんまりとした家の縁側だった。


ちょうど雨が降り出したところだったので、少し雨宿りさせてもらおう。


そう思って縁側に上がり、身体を丸めていた。


歩きっぱなしで疲れていたこともあり、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。


目を覚ますと、隣には知らない爺さんが座っていた。


いつからいたのかは分からない。


どうやら何か思い詰めているらしい。


顔を見れば、それくらいのことは分かった。


けれど、爺さんは何も話しかけてこない。


俺も別に興味はない。


もう一眠りしようと身体の向きを変え、ちょうどいい場所を探していたところだった。


「お前さんは、どこから来たのかい?」


……なんだ。


もう少しで、いい頃合いを見つけられそうだったのに。


俺は爺さんを一睨みした。


そして、もう一度身体を動かして、ようやく落ち着く場所を見つける。


「まぁ、そうか。いい頃合いを見つけたのか」


爺さんは小さく笑った。


「自由じゃのう。羨ましい限りじゃ。この頃は身体の調子も思うようにいかなくての」


そう言って、自分の膝をさする。


「ここ最近は、家の中を歩くのも億劫になってきておる。どうしたもんかの」


どうやら、身体の調子が悪いらしい。


言われたところで、俺にはどうすることもできない。


それでも、しゃがれた声と寂しそうな手を見ていると、なんとなく放っておけなかった。


俺はそっと、その手を撫でた。


一度だけ。


それだけで、爺さんの顔が少し綻んだ。


……なんだ。


こんな一撫でで嬉しそうにするなんて。


よほど疲れているらしい。


「わしが生きてきた人生は、なんだったのかのう」


爺さんは、ぽつりと呟いた。


「最近、よく考えるようになった。ただただ前を見て、時には泥水を啜りながら生きてきた。ここまで来たからには、最後まで足掻きたいと思っておる」


爺さんは遠くを見る。


雨が、庭の木々を濡らしていた。


「どうすればよいのか。あとひとつ……あと一息のところまでは来ておるのだがな」


そこで言葉を切る。


「最後の締めを失敗してはならぬ。ここをどう締めるか。それを悩んでおるのよ」


……なんだ。


死ぬ前に、何か決めておきたいらしい。


息子か孫にでも、何かをしっかり引き継ぎたいのだろう。


好きにすればいい。


死ぬ間際なんだから、言いたいことがあるなら言えばいい。


そんなことを思った。


けれど、何がこの爺さんの最後の一歩を止めているのか。


少しだけ気になった。


俺は爺さんの顔を見つめ、そっと袖を引いた。


もちろん、それだけで何かが伝わるとは思っていない。


けれど――


「おぉ、どうした?」


爺さんがこちらを見る。


「わしの話を、もっと聞きたいと申すか?」


俺は黙ったまま、爺さんを見つめる。


「最近は仕事の話はしても、気持ちの話など、とんとしてこなかったからのう」


爺さんは少し笑った。


「お前になら、話してやってもよいかもな」


そして、ぽつぽつと話し始めた。


「息子は、ようやっておる」


「だが、あとひとつ食い足りぬところがある。この前の戦でも、捨て置けばよい城に掛かり切りになって、時を無駄にしてしまった」


「まぁ、それ自体に不満があるわけではない」


「ただ……あれは、わしを恐れておるからの」


爺さんは苦笑した。


「引け目に感じておるのだろうよ」


しばらく黙ったあと、また口を開く。


「それに最近は、大坂の方も芳しくない」


大坂。


その言葉に、俺の耳が少しだけ動いた。


「関ヶ原では勝てた。だが、太閤様の影響は、まだ残っておる」


「どうやって、ここを切り崩すか。それを悩んでおるのよ」


俺は爺さんの顔を見た。


なんだか、急に話が大きくなってきた。


「東と西に分かれたままでは、天下は安定せぬ」


爺さんは庭を眺めながら続けた。


「いずれ、大きな戦が起きるじゃろう」


「それが、わしの生きている間なのか。それとも、もうわしが居らぬ頃なのか……」


そこで一度、言葉を止めた。


「秀忠が、もう少し頼りになればのう」


……秀忠?


俺は頭の中で、その名前を転がした。


どこかで聞いたことがある。


いや。


知っている。


少しずつ、記憶の中のものが繋がってきた。


関ヶ原。


大坂。


太閤。


秀忠。


そして、この爺さん。


まさか。


俺は爺さんの顔をじっと見つめた。


この爺さん――


徳川家康じゃないのか?


そう考えると、全部が繋がる。


関ヶ原の後。


大坂の豊臣家。


そして、その先にある大坂の陣。


確か、どこかの寺の鐘に刻まれた言葉に難癖をつけて、豊臣家を攻めたんじゃなかったか。


高校の教科書で見た記憶がある。

戦国時代が好きで、いろいろ調べたこともあった。


でも、目の前にいる爺さんが、あの徳川家康だなんて。


俺は何とも言えない顔で、爺さんを眺めた。


すると爺さんも、俺の顔を見ていた。


「……なんじゃ?」


手持ち無沙汰になったのか、爺さんが俺の頭を撫でる。


ちょっと鬱陶しい。


そう思ったが、さっきまでの悩んだ顔に免じて、されるがままになっておく。


「どうしたものかのう」


爺さんは、俺の頭を撫でながら呟いた。


「何もしないでおれば、わしはただただ干からびていくだけじゃ」


「……だが、まぁ、それもよいのかもしれぬの」


その声は、さっきまでより少しだけ穏やかだった。


「お主が、また来てくれるのならな」


「それまでは、このまま生きるとしようかのう」


そう言って、爺さんは立ち上がった。


ゆっくりとした足取りで、家の中へ戻っていく。


俺は、その背中を見つめた。


なんだか、寂しそうだった。


俺は十分に寝させてもらった。


雨も、いつの間にか上がっている。


誰かに見つかる前に、俺は縁側から庭へ降りた。


そして、また気の向くままに旅をすることにした。


*


それから、しばらく経った。


風の噂で聞いた。


大坂にある大きなお城が、燃えたらしい。


どうやら、大きな戦があったようだ。


あの爺さんは、大坂に勝ったらしい。


……まぁ。


猫には関係のない話だ。


俺はまた、あてもなく歩き出した。


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