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サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは、たわいもない世間話にもならない。
不貞腐れた男子高校生のそんな意見にも、先日までの俺なら同意していただろう。今でも概ね同意はする。が、今日ばかりは語らわせて欲しい。
「いよっしゃぁぁー!!」
ぐしゃり、と左手の封筒を握り潰し雄叫びをあげる。
さて、サンタクロースをご存知だろうか。いや、知っていて欲しい。それは俺の肩書きへと今日変わったのだから。
この世界にはあらゆる検定や資格がある。ガキの頃受けさせられた漢字検定をはじめ世界遺産検定や簿記検定。それはキャリアアップのために、あるいは実力の証明のために、あるいは趣味として数多の人が取得してきただろう。
かくいう俺も検定オタクであり、遂に最難関とも呼べるサンタクロース検定にめでたく合格したわけだ。
長かった。実に長かった。サンタクロース検定は楽じゃない。合格だけでなく、受験資格すら厳しいのだ。妻子持ちであることや体重下限、条件が複数存在していて受験にこぎ着くまでですら苦労させられた。
戸籍上だけでも妻子持ちにしてくれる人を探し、試験のためだけに太り、デンマークに赴いて受験して、ようやく公認サンタクロースになれた。
ただ、既に離婚してダイエットも終えている。手元には合格の2文字、それだけが残っている状況だ。
と、一息ついて証明書とは別に投函されていた封筒にも目をやる。
「これもサンタクロース協会からか……えーっと、合格に際しての説明がサンタクロース協会日本支部であるのでお越しください?」
サンタクロース協会に日本支部? 聞いたこともない。俺だって仮にもサンタクロース検定合格者。一応下調べはしているし、日本に支部があるなら情報のひとつぐらい入っていていいはずだ。
新設? 日本人のサンタクロースは俺が2人目だぞ、わざわざ日本に作るか?
念の為封筒を確認するが、合格書と同じ型をしている。偽物らしくもないだろう。
確かめるしかないか。本当にあるのか、なぜ日本なのか。
となれば参加するとして。
「えーっと、日程は4月21日って……明日じゃん! あっぶな! 俺に明日用事があったらどうすんだよ」
偶然働いていない俺は明日もたまたま休みだ。
勘違いしないで欲しい。俺は働けないんじゃない。働かないんだ。
それに俺はサンタクロース協会はじめ多くの協会にも属している。ニートなんて称号とは大きくかけ離れた人間なわけだ。
そもそも、数多の難関検定資格を取得して来た俺が、誰よりも『合格』の二文字を経験してきた俺が、誰よりも不合格から遠い俺が、優秀でないわけないんだ!
……はぁ。まぁいいや。つまり何を言いたいかと言うと俺は年中無休で休みなんだ。次の検定の目処もないし、仕方がないから期待の超新星サンタクロースたる俺が暇つぶしに出向いてやるか。
***
脈絡もなにもひったくれもない話だが、どうやら俺は拉致監禁されてしまったらしい。
だが、そんなことをしてくるツンドラ彼女は俺には居やしない。
目を覚まして脳が鳴らす危機感の音に、軋んだ身体を無理矢理起き上がらせようとするとガチャンと大きく金属音が鳴った。バランスを崩しかけるが身体を椅子に縛りつける鎖はそれすら許してくれない。
「名作からの引用ばかり。自身のナンセンスを隠すためにオリジナリティを封じるなんて、飽きられるし呆れられるよ」
負けじと身体を揺らすと、更に強く響く鎖の音に呼応するように、ゆっくりと足音が近付いてきた。
「ひとまず、おはよう。清水斗真くん。」
足音の主がそんなことを言ってくる。
「それとも、知らない天井に戸惑うかな?」
「生憎、天井を眺めるのも一苦労で」
身体を縛る鎖をガチャガチャ鳴らして言い返す。
憎まれ口。生まれつきの資質を抑えられないのは困ったもので、どう考えても事態の犯人である相手に俺はどうやら言い返してしまう質らしかった。
もしくは相手が巨漢だったら俺もビビり散らかしたのかもしれない。だから俺は悪くないんだ。そう、相手がえらい美人だったのはまぁ…………うん、関係がない。
ただな、サンタコスをした相手に命の危機を覚えろってのは随分と無理がある。ついでに金の髪と赤の衣服はよく似合っている。
そして、サンタクロースだ。俺は今日サンタクロース協会に行くはずだ。これを偶然で片付けるのは……無理があるよな。
「元気そうで良かったよ。これなら今日からプレゼントの配達に行けそうかな」
そう言いながら軽く頷き納得したような様子だが、俺の頭の疑問符は消えやしない。
「説明をしろ。俺はなぜ誘拐された? お前は誰だ? ここはどこだ?」
立て続けな俺の疑問に、女は少し呆れるように肩を竦める。
「そんなに一気に尋ねるなよ。一気に答えて脳が追いつくのかい?」
人差し指を立てて、まるで教師のような口調で言う。
「まず、私はエレナ。今日から君の上司になる」
「上司?」
反射的に問い返して、その意味を頭で反芻する。
俺には無縁の言葉のはずだ。働いたことも、働く予定も、そんな気概も俺にはないのだから。
「ほら、2つ目に入れやしない」
困ったように小さく溜息をつくと、エレナは人差し指に続けて立てかけた中指を、左手で折り曲げて見せた。
「いいかい、君は今日からサンタクロースとして働くんだ。心当たりは……説明しなくていいだろう。私がその指導役だよ」
説明されたのに解決しない。脳内を疑問符が支配する。ちょくちょくバカにされているのはこの際どうでもいい。
俺がサンタクロース? いや、サンタクロースにはなったけど、働く? そもそも、
「そもそも、サンタクロースなんて適当な存在だろ?」
――ガンッ!
「うわっ!?」
椅子が傾いて、大きくバランスが崩れる。
理由は間違いなく金属製の椅子の脚が折れたからだけど……エレナが脚で蹴って折れたってのが問題だ。バケモンかよこいつ。
「貴様が、サンタクロースをバカにするなよ」
声に誘われて上を向くと、明らかに殺意に満ちた目。そして右手に握られた銃。
これ、本物? いや、そんなわけがない。法治国家日本だぞ、ここは。
「ハッ。おいおい、俺がそんなおもちゃでビビるかと――」
――バンッ!
微かな硝煙の匂いと共に響いたのは轟音。痺れる鼓膜から一拍遅れて心臓が激しく跳ね上がる。
天井に向けて発砲されたそれは本物なんだろう。……もし仮に偽物だとしても俺の命を脅かすには十分過ぎる物だと理解した。させられた。
「当然、私は人を殺すつもりはない。これは脅しの道具で、所詮ルサンチマンの発散だ」
カチリ、とセーフティの戻る乾いた音が、耳の奥でやけに鮮明に響いた。
「私は神を信じてはいない。ただ、敬虔なクリスチャンの前で神を否定しようとは思わない。無用に逆鱗に触れたくもないからだ」
少し離れた位置に落ちた薬莢を、エレナは親指と中指で摘んで握りつぶす。わざわざ、俺の眼前で。
「そう説明したらわかりやすいかな? 人の大切なものを否定するべきではないよ。少なくとも、君はそれを察することも出来たんだから」
「すっ、すみませんでした……」
背中を滝のように流れる汗を感じながら、もつれる舌をどうにか制御して、声にならないような掠れた音が喉を通った。
「分かってくれたなら、それでいい。じゃあ――説明に付き合ってくれるかい?」
俺にはカクカクと頷くことしか出来なかった。
そして聞かされた話は、理解を拒むような内容だった。
彼女はサンタクロースらしい。毎日夜を飛び回り子どもたちにプレゼントを配達する。そして俺もその仲間入り。
俺はサンタクロースになったし、その仕事内容も俺の知っているサンタクロースに概ね一致しているはずなのになぜだか頭が上手く受け入れない。とはいえ一致していない箇所にツッコむとすれば。
「色々ひっくるめて飲み込んだとしても、とりあえず今日はクリスマスじゃないだろ?」
サンタさんはクリスマスにやってくる。子どもでも知ってる常識だ。
今日なんてむしろイースターの方が近いぐらいだが。
「そうだな、だから時間を飛ぶ。私たちが今日プレゼントを届けるのは去年の子どもたちにだ」
「……は?」
「ドラえもんで理解できるか? 私たちは今を変えるために過去に飛ぶ」
「えっと……」
つまり、どういう事だ? どこからだ。どこから疑問を抱けばいい。時間を飛ぶこと? 今を変える理由? その技術? 俺が知ってるサンタクロースとは違う点?
何から言うべきか。何を聞くべきか。
「例えばだ。今日、世界中でどれだけの人が死ぬと思う?」
「大体……16万人」
「よく知っているな。じゃあ、そのうち子どもはどれほどだ? その中でサンタクロースを信じている子どもはどれほどいる?」
「急にフェルミ推定か?」
「それでも構わない。だったら更にその中に、何気ないたったひとつのプレゼントで生きる運命を掴める子どもはどれほどいる?」
「それを助けるってことか?」
「違うな。私たちのプレゼントで選択肢を与えるんだ。救われる未来を選んでも構わない。選ばないなら……まぁそれだって構わない、きっとそれも選択なんだろう。ただ、何も与えられないまま死だけを選ばされる状況を、私たちは許さない」
神を語らうかのような態度で言う。
「まぁ、お前にいきなり理解して欲しいなんて思っちゃいない。百聞は一見にしかずだ、着いてこい。」
そう言ってエレナが俺の身体を縛る鎖を掴むと、初めから縛ってなどいなかったように鎖は緩み、音をたてて地面へと落ちた。
戸惑う俺を横目に歩を進めるエレナに慌てて着いていき、部屋から出てしばらく歩いた先にあったのはひとつの扉。
促されるがままに扉を潜ると、そこには燦然と煌めくイルミネーションが広がっていた。
「ここは……」
「クリスマスイブの渋谷。私たちの出口はここに固定されている」
春服の俺には十分に寒い気温が季節の違いを肌に教えてくる。疑いたくとも、どうやらほんとにクリスマスらしい。
「あまり目立ちたくもないし、時間もかけたくない。行くぞ」
そう言ってエレナは俺の裾を掴み。
「……ふぇ?」
地面が離れていく。それと共に身体を包む浮遊感。
「エレナ!? これは! これは!」
「あまり暴れるな。落ちても知らないぞ」
「死ぬ死ぬ死ぬ! いやほんとに! ごめんなさい! 俺が悪かったです! 許してください!」
ビルの屋上がみるみる小さくなり、足元が空白になる。喉の奥に悲鳴がつまり、心臓が嫌に軽快なリズムを刻む。
「ほんとうに死ぬぞ。暴れるな」
落ち着け。落ち着け。多分、死ぬ。死ぬ。パニックはダメだ。1回落ち着け。大丈夫。暴れたら死ぬんだ。暴れなきゃ死なない。
円周率。円周率を唱えろ。3.14…………4…………4………………いや、大丈夫だ。円周率だ。うん、落ち着いた。そう、落ち着いた。
「静かになってくれて何よりだ。今のお前は人から見えてないからな、落ちたら下にいる人まで死にかねん」
「さいですか……」
言われてみれば騒ぎにもなっていないし、事実なんだろうけど……タイムスリップやら飛行やら不可視やら、俺の知ってる科学を疑うよ。
風を切る音と不安定な身体に、寒さなんて忘れてしまう。
「そろそろ本題に入ろうか。今日プレゼントを届けるのはさくらちゃん。小学2年生の女の子で、4月21日に家族で行ったドライブ中、交通事故で死ぬ」
そう言ってぶら下がった俺にスマートフォンの画面を見せてくる。
「ひでぇ」
画面に映っているのは車の後部座席。
少女だったんだろう。小さな肉塊がシートベルトごと傾いていた。血で濡れ固まった髪と在らぬ方向に曲がった首に、胃の奥が縮まり吐き気を覚える。
「正面から突っ込んできた逆走車との衝突、家族3人即死だ。そしてこの未来を変える選択肢を与える。その意味を今日で知れ」
エレナの真面目な表情に何も言えない。
恐怖に騒ぐのも馬鹿らしくなり、黙って運ばれるがまま10分程。ファミリー向けマンションのベランダに着いた。
黙ってから更に速度を上げたエレナの飛行は、車なんて目じゃない速度と空路の自由さも相まって俺の精神を激しく責め立てた。
グロッキーな俺を他所に、エレナが首で室内に視線を促す。
「そこで見ていろ」
そう言うとガラス製の窓を通り抜け、僅かにカーテンを開けてくれた。
マジカルでファンタジーなサンタクロースの生態はもはやどうでもいい。
促されるがままに室内を見ると、ピンク色のベッドに小さな身体がすっぽりと沈みこんでいる。規則正しい寝息がガラス越しにも胸に響く気がした。
そして血濡れの死体と一致した髪型は……胸を締め付ける。また、胃の縮む感覚がした。
エレナがどこから取り出したのか、やけに大きな緑色のプレゼントボックスをベッド横のクリスマスツリーの傍に置くと、少しだけさくらちゃんの寝顔を覗き込んでからベランダに戻ってきた。
「これだけだ。シンプルなものだろう?」
「だな。それで、プレゼントはなんなんだ?」
あの凄惨な事故から少女を救うプレゼント。気になって当然だ。
「いいや、私は知らないよ。本部で預かったものを子どもに渡す。それだけが私の仕事なんだ」
一拍、間が空いた。
「お前がプレゼントを渡す立場になっても、中身を確認しようとはするなよ」
「なんで?」
「私たちは選ぶ立場に立つべきじゃない。覚悟もなしに神様気取りであるべきじゃないんだ」
「…………それってどういう?」
「まぁいつか分かるさ。分からないままならそれが一番いい。さて、帰るぞ」
「え? もっと色んな家に行かないのか」
「行けるならな。ただ、私ひとりが強く過去に干渉するのはまずいんだ。何となく想像がつくだろう?」
うーん、わかる気もする。過去への過干渉がまずいってのはよく見る展開だ。有名なものだと親殺しのパラドックスとか。
「過去なんて変えられてひとつ程度。毎日積み重ねても歪みが出ていないんだ。それだけで時空調整班には感謝しかないよ」
知らない組織が出てきたが……それで言うと、エレナは配達班なわけか。
なんて考えていると目の前が眩いほど白くなり、気がつけば先程までいた暗い空間に戻っていた。
「これを見てみろ」
差し出されたスマホの画面には交通事故の写真。
先程と違うのは、少女が抱きかかえたぬいぐるみがクッションになったのか、それに挟まれた少女が無傷であるということ。
「プレゼントの中身がこれだったんだろうな。未来を変えるってのはこういう事だ」
「すげえな、サンタクロース。ひとりの命を救っちまうなんて」
「いいや、違うさ。私達のおかげじゃない。さくらちゃんは自分自身で助かった。あのぬいぐるみを家に置いていれば未来は変わらなかっただろうし、あるいは持って行ってもトランクに入れてしまえばやはり守られなかっただろう。私はあくまで選択肢を与えただけに過ぎない。助かる未来を選択したのはさくらちゃん自身だよ」
「いや、それでも凄えよ。訳わかんねぇけど女の子ひとり救っちまうんだもん」
俺が興奮ながらに感動していると、冷たい目で釘を刺すかのようにエレナに言われる。
「忘れるな。私達が与えるのは選択肢だ。幸福な未来を掴むかどうかは当人次第。それに、さくらちゃんも子どもひとり残されて、幸せな未来と言えるかは分からないしな」
確かに、さくらちゃんがこの後どうなるかなんてわからない。恐らく大変な毎日が待っていることだろう。そして何より、両親を亡くしたという残酷すぎる現実も襲いかかってくる。
……でも、やっぱすげぇ。
俺はサンタコスが似合う美人で頭のおかしい女上司の言葉をそのまま受け入れていた。胸の奥がじわりと熱くなる。
恐らく拒否するべき、踏み入れてはいけないそんな世界なのはわかっている。きっと引き返せない。
それでも……それでも、確かめたい。サンタクロースの日々を、子どもたちの未来を。
読んでいただきありがとうございます。
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