エピローグ 砂の器
一ヶ月後。 事件は、予想よりも小さな扱いで新聞に載った。 『大手商社社員、不正輸出の疑いで逮捕』。 会社としての組織的関与は否定され、神崎個人の暴走として処理されたのだ。トカゲの尻尾切り。巨大組織の自浄作用とは、得てしてこういうものだ。 だが、アメリカからの制裁は回避された。最悪の事態は免れたのだ。
海堂は、人事部長室に呼び出されていた。
「今回の件、ご苦労だった」
人事部長は淡々と言った。
「君の告発は正しかった。会社は救われたよ」
「恐縮です」
「だがな、海堂君。……組織というものは、正論を吐く人間を恐れるものだ。君がこの本社にいると、皆が萎縮してしまう」
予想通りの展開だ。 内部告発者が英雄になることなど、日本の組織ではあり得ない。
「七月一日付けで、辞令が出ている」
部長は一枚の紙を差し出した。 『五代物流サービス 倉庫管理課 課長代理』。 子会社の、しかも現場職。事実上の左遷だ。
「……承知いたしました」
海堂は辞令を受け取り、一礼した。 悔しさはなかった。むしろ、清々しささえ感じていた。 腐った土壌にしがみつくより、泥にまみれて働く方が性に合っている。
本社ビルを出ると、夏の陽射しが眩しかった。 携帯電話を取り出し、娘の写真を見る。 彼女が生きる世界を、少しだけマシな場所にできた。それだけで十分だ。
海堂はネクタイを緩め、雑踏の中へと歩き出した。 その背中は、商社マンの鎧を脱ぎ捨て、一人の男としての誇りに満ちていた。
(完)
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。




