第四章 最終審判
小章① 役員室の乱入者
翌日、午前十時。 五代商事本社の最上階、大会議室。 社長をはじめ、全役員と本部長クラスが勢揃いする御前会議。空気は張り詰め、数百億、数千億の案件が淡々と審議されていく。
神崎は、自信満々の表情でプレゼンテーションを行っていた。
「……以上のように、サウジアラビアの海水淡水化プラント、受注は確実であります。このプロジェクトは、我が社の今後十年の収益基盤となるでしょう」
スクリーンには、壮大なプラントの完成予想図が映し出されている。 役員たちが満足げに頷く。 その時、会議室の重厚な扉が、ノックもなく開かれた。
「失礼します」
静まり返る会議室に、海堂が入ってきた。 警備員が慌てて追いかけてくるが、海堂はそれを手で制し、真っ直ぐに社長席へと歩み寄った。
「なんだ君は! ここは役員会だぞ!」
総務担当役員が怒鳴る。 神崎の顔色が変わった。
「海堂……! 貴様、気でも狂ったか!」
「狂っているのはそっちだ、神崎部長」
海堂は、作成したレポートの束を、社長の目の前に置いた。
「安全保障貿易管理室の海堂です。本日の議題であるサウジアラビア案件について、重大な懸念事項があり、報告に参りました」
社長の五代は、白髪の老紳士だった。彼は眉一つ動かさず、海堂を見据えた。
「……手短に話せ」
「はい。神崎部長が主導するこのプロジェクトの裏で、イランへの不正輸出が行われています。具体的には、ミサイル転用可能なジャイロセンサーの横流しです」
会議室がどよめいた。 「イラン?」「不正輸出?」
「デタラメだ!」神崎が叫んだ。「証拠はあるのか!」
「あります」
海堂はポケットからスマホを取り出し、無線でスクリーンに画像を転送した。 映し出されたのは、ドバイの倉庫で撮影した船荷証券(B/L)と、佐々木が解析した資金フローのグラフだ。
「これはドバイのダミー商社『アル・サハラ』にあった船積書類です。仕向け地はイランのバンダル・アッバス。荷主は五代商事。そして、その売却益はドバイの口座を経由し、サウジアラビア政府高官の親族企業へと送金されています」
海堂は神崎を指差した。
「これは会社ぐるみの犯罪です。もしこの事実がアメリカ政府に知れれば、五代商事はドル決済を禁じられ、国際市場から追放されます。たかだか一つのプラント受注のために、会社全体を沈めるつもりですか!」
小章② 蜥蜴の断末魔
沈黙が支配した。 あまりにも致命的な証拠。誰も言葉を発せない。 神崎は顔面蒼白になり、脂汗を垂れ流していた。
「ち、違う……。これは、必要悪なんだ。現場を知らない管理部が口を出すな! 俺は会社のために……!」
「会社のためなら、法を犯してもいいと言うのか」
静かな、しかし威厳のある声が響いた。 五代社長だった。 彼はレポートをパラパラとめくり、眼鏡を外した。
「神崎君。君の功績は認める。だが、一線を越えたな」
「し、社長……」
「我々は商人だ。海賊ではない。ルールを守れない者は、商いの場に立つ資格はない」
社長の言葉は、死刑宣告に等しかった。 神崎はその場に崩れ落ちた。
「法務部と監査役を呼べ。徹底的に調査し、当局へ報告する。……膿は出し切るぞ」
社長の号令で、会議室は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 海堂は、その喧噪を背に、静かに部屋を出た。 勝った。 だが、胸に残るのは虚無感だけだった。




