表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
経済サスペンス小説『禁断の航路(サンクション・ルート)』  作者: 如月妙美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

第二章 砂漠の蜃気楼

小章① フリーゾーンの幻影

 UAE、ドバイ。  六月の気温は摂氏四十度を超えていた。照りつける太陽が、砂漠の中に林立する摩天楼を白く焼き尽くしている。  ドバイ国際空港に降り立った海堂は、熱風に包まれながらジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくった。  レンタカーを借り、『ジェベル・アリ・フリーゾーン』へと向かう。世界最大級の人工港を擁するこの自由貿易地域には、七千社以上の企業がオフィスを構えているが、その多くは倉庫と看板だけの存在だ。

 GPSを頼りに、目的の住所へたどり着く。  そこは、広大な倉庫街の一角にある、プレハブのような粗末なオフィスビルだった。  看板には、いくつもの社名が連なっている。その中に、『AL SAHARA TRADING LLC』の文字を見つけた。

 海堂はビルに入り、受付のインド系男性に声をかけた。

「ファイブ・ジェネレーション・トレーディング(五代商事の英語名)の海堂だ。アリ・カーン社長に会いたい」

 受付の男は怪訝そうな顔をして、内線電話をかけた。  しばらくして、奥のドアから小太りの男が現れた。口髭を蓄え、安っぽいスーツを着ている。

「ミスター・カイドウ? アポイントは聞いていないが」

「急な出張でね。どうしても御社の施設を確認したくて来たんだ」

 海堂は男と握手をした。手は湿っていた。  男はアリ・カーンと名乗った。英語には強いアクセントがある。

「倉庫を見せてくれないか。今回注文をもらったジャイロセンサーの保管環境を確認したい。精密機器だからな」

「倉庫? ああ……今は満杯でね。見せるほどのものじゃない」

 カーンは視線を逸らした。  海堂は構わずに歩き出した。

「ここが倉庫だろう? 開けてくれ」

 強引にドアを開けようとする海堂を、カーンが慌てて制止しようとする。  だが、海堂は止まらなかった。  ドアを開けると、そこには――何もなかった。  空っぽだ。  広々とした倉庫の中には、埃を被った数台のパレットと、フォークリフトが一台あるだけ。建設機械の修理工場としての設備も、在庫パーツの山もない。  ただの空箱だ。

「……これが、年間数億円を取引する優良ディーラーの実態か?」

 海堂はカーンを振り返った。  カーンは額の汗を拭いながら、早口で言い訳を始めた。

「こ、ここはただの登記上のオフィスだ! 実務は別の場所でやっている! シャルジャの方に大きなヤードがあって……」

「嘘をつくな」

 海堂はカーンを壁際に追い詰めた。

「お前はただの名義貸しか? それとも仲介屋ブローカーか? 今回発注したジャイロセンサー、本当の行き先はどこだ。イランか? シリアか?」

「知らん! 私はただ、荷物を受け取って、指示された船に積み替えるだけだ!」

「誰の指示だ?」

 カーンは口をつぐんだ。その目は恐怖に泳いでいる。  これ以上問い詰めても無駄か。海堂は手を離した。  だが、収穫はあった。  『アル・サハラ』は完全なダミーだ。商品はここには留まらず、即座に「どこか」へ再輸出リ・エクスポートされている。  迂回輸出の拠点は確定だ。

 海堂は倉庫の奥に見えた、出荷伝票の束を素早くスマホで撮影した。  カーンが「何をする!」と叫ぶが、海堂は無視して事務所を出た。

 灼熱の太陽の下、海堂は撮影した伝票の画像を拡大した。  アラビア語と英語が混じった殴り書き。  仕向け地(Destination)の欄に、見慣れない港の名前があった。  『Bandar Abbasバンダル・アッバス』。  イラン南部の港湾都市だ。

「……ビンゴだ」

 やはり、イランへの横流しか。  経済制裁下のイランに、軍事転用可能な部品を輸出する。それが露見すれば、五代商事は国際的な制裁対象となり、破滅する。  神崎は、これを知っていてやっているのか?


小章② 砂漠の追跡者

 ホテルに戻った海堂は、すぐに東京の部下、佐々木に連絡を入れた。

「証拠を掴んだ。アル・サハラはイランへの迂回輸出拠点だ。バンダル・アッバス行きの船荷証券(B/L)の控えも撮った」

『マジですか……。部長はこれを知っているんでしょうか?』

「知らなきゃこんな危ない橋は渡らない。……佐々木、頼みがある。神崎部長の過去の取引履歴を洗ってくれ。特に中東向けの機械部品だ。今回が初めてじゃないはずだ」

『分かりました。でも、アクセス権限が……。部長クラスのデータを見るには、リスク管理部長の承認がいりますよ』

「俺のIDを使え。ログが残っても構わん。どうせクビを覚悟の上だ」

 電話を切ると、海堂はシャワーを浴びた。  冷たい水が、火照った頭を冷やしてくれる。  だが、その時。  部屋のドアが激しくノックされた。  ルームサービスではない。乱暴な叩き方だ。  海堂はタオルを腰に巻き、ドアスコープを覗いた。  誰もいない。  いや、ドアの下に、白い封筒が差し込まれている。

 海堂は慎重にドアを開け、封筒を拾い上げた。  中には、一枚の写真が入っていた。  東京にいる、海堂の別れた妻と、七歳になる娘が公園で遊んでいる写真だ。  そして、裏には下手な英語で一言。

『Don't look too deep. Or you will lose everything.(深入りするな。さもなくば全てを失う)』

 背筋が凍った。  脅迫だ。それも、最も卑劣なやり方で。  神崎の手の者か? それとも現地のブローカー組織か?  どちらにせよ、敵は本気だ。  海堂が嗅ぎ回っていることは、既に筒抜けになっている。

 海堂は震える手で封筒を握りつぶした。  恐怖がないわけではない。だが、それ以上に怒りが込み上げてきた。  家族を巻き込むとは、商社マンの風上にも置けない。   「……上等だ」

 海堂は服を着替えた。  逃げ帰るわけにはいかない。  ここで引けば、娘の安全も保障されないだろう。敵の正体を暴き、息の根を止めるまで、このゲームを降りることはできない。

 海堂はノートパソコンを開き、現地の調査会社にアクセスした。  『バンダル・アッバス』の港で、日本の部品を受け取っている組織を特定する必要がある。  そして、神崎と「アル・サハラ」の間を取り持っている黒幕の存在も。

 夜のドバイ。窓の外には、世界一高いビル『ブルジュ・ハリファ』が煌めいている。  その光の陰で、国際的な陰謀と、男たちの欲望が渦巻いていた。  海堂は、ウィスキーの小瓶を開け、ストレートで流し込んだ。  胃の腑が焼けるような感覚と共に、覚悟が決まった。  禁断の航路サンクション・ルート。その闇の奥へと、踏み込む時が来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ