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【超短編小説】耳の中

掲載日:2025/12/22

「耳の掃除なんてね、週に一回でいいんですよ」

 月曜日の夕方だと言うのに、金曜日の夕方みたいに目の下にまっ黒くさせた表情の耳鼻科医は、心底ウンザリした声でこちらを見もせずに言った。


 俺は申し訳の無い気持ちと、初診の人間に対してそんな顔をしないでも良いじゃないかと言う気持ちを丁寧に混ぜながら愛想笑いで返した。

 口唇の角度は人生の角度だ。

 下げれば角が立つし、上げすぎれば叩かれる。

 ほど良くやりたいなら、ほど良い角度で上げるのがコツだ。



 ファラリスの雄牛にも似た耳鼻科医の低く太いため息を聞き流しながら、耳の中のおじさんはどうしてそんなにクソをするのか尋ねた。

「あぁ、それも耳掃除のし過ぎですよ」

 耳鼻科医は電子カルテに”耳の中に異常独身中年男性、日本人、全裸”と打ち込みながら、やはりこちらを見ないで答えた。

 もしかして耳鼻科医はシャイなのかも知れない。



「まぁ耳の中の掃除をするとね、まぁ綺麗になりますよね。そうすると、まぁ棲みつきますよね。なんせ、まぁ快適ですから」

 耳鼻科医は打ち込み終わった電子カルテのキャレットを凝視したまま続けた。

 やはりシャイなのだろう。

 緊張しぃなのかも知れない。


 当たり前みたいに言われてもこちらは初めてのことなので、戸惑いながら訊ねる。

「……その耳の中にいるおじさんは」

「いや、出せませんよ」

 被せ気味に答えた耳鼻科医は、相変わらず俺を見ようともせずに

「やはりね、まぁ賃貸でも店子が強いでしょ。無理に出すとね、まぁ耳の中に凄い量のクソを残していってね、まぁ最悪のケースだとおじさんのクソで、まぁ鼓膜が破れたりするからね」

 と続けた。

「まぁでも別に死にはしませんよ、まぁいわゆる妖精みたいなものなので」


 


 そこで診察は終わり、と言うような雰囲気になったので俺は少し慌てた。

「え?じゃあ黙って出て行くのを待つしか無いんですか?」

 すると耳鼻科医は初めて此方を見て

「いや、まぁ方法はありますけど」

 と言った。

 耳鼻科医のクマは横顔で見るよりドス黒かった。

 


 ドス黒いクマの耳鼻科医は

「現在、同居している、まぁ若い女性などはいますか?」と訊いた。

 まぁ若い範疇なのか、やたらまぁの多い耳鼻科医の質問に戸惑いつつ、はぁまぁ、と間の抜けた答えを吐き出すと

「おじさんもね、まぁ若い女性の方が良いんですよ。なので、まぁ寝る前に点耳薬でおじさんが出て行きやすくしておいて……と言う事もできますが、まぁ厭ですよね。恋人さんの耳におじさんが棲みつくの」




 そりゃあそうだ。

 碧眼のギリシア彫刻みたいな白人男性ならともかく、全裸の異常独身中年男性なんて冗談じゃない。

 いや、ミケランジェロの彫刻みたいに綺麗な白人でも恋人の耳にクソをして許せることはない。

「なら、まぁ、自然と出て行くのを待つしか無いですね。まぁ夜中は耳栓をしておくといいですよ」

 耳鼻科医は視線をキーボードに落として、例のファラリスの雄牛に似た低く太いため息を吐いた。



 俺は礼を述べて診察室を後にした。

「もうちょい世話んなるで」

 耳の中にいる異常独身中年男性が言った。

 関西人かよ、耳の中に納豆でも詰め込んでやろうか?いや、蓬莱551の豚まんでも枕にして寝るか。

 耳の中に棲みついたおじさん達の漫才が終わらないと言う耳鼻科医みたいになる前に、なんとかしなきゃならないなと思った。


 思ったの。

 おしまい。

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