第98話 エスコルヌ女子爵は「なでなで」を所望する。
「さすがはクラリスだな」
「ええ、ええ。それはもう、フィブレ様を暗殺しようとした奴らを、わたくし許すわけにはいきませんから」
エスコルヌ女子爵はそう言うと、真面目な顔でうんうんと頷いた。
なんとなく褒めて欲しそうオーラが出ていたので、いつもリーリアにしている癖で、ついついその頭を撫でてしまう。
なでなでしてから、ハッと気づいた。
「悪い、つい癖で手が出てしまって」
さすがに20代の妙齢の貴族の女性に対して、このような子供扱いは失礼だと思い、パッと手を離したのだが。
「あ、いえ……ぜんぜん、嫌ではありませんわ。こほん、どうぞ続けてくださいませ?」
そう言うとエスコルヌ女子爵は目をつむって、心持ち頭をこちら側へと差し出してきた。
これはもっと撫でてってことで、いいんだよな?
俺が再び頭をなでなですると、エスコルヌ女子爵は生まれてすぐの子猫のように嬉しそうに頬をほころばせた。
「もしかして、意外と甘えんぼだったり?」
「その言い方……いい年して子供っぽいな、なんて思っているのでしょう?」
エスコルヌ女子爵はなでなでされながら、上目遣いでちょっとだけ目付きを鋭くしながら見つめてくる。
「いいえ、まさか」
たしかに一瞬思ったが、あくまで可愛いなって意味だし、ちょ、ちょっとしか思ってないからなっ!
「女というものは、いくつになっても好きな男性に甘えたくなるものなのですわ」
そんな風に拗ねたように可愛く言われてしまい、俺の中にいいようのない愛おしさがブワワッと込み上げてくる。
端的に言うと、きゅんときた。
「わかった、これからはいくらでも甘えさせてあげるさ」
「ふふっ、ありがとうございます。もちろんフィブレ様も甘えさせてあげますわよ?」
「俺も? や、俺は別に――」
「ふふっ、強がらなくてもよろしくよ。わたくしとフィブレ様の仲ではありませんか。男というものは、いくつになっても好きな女性に甘えたくなるものでしょう?」
「……まったく、クラリスにはかなわないな。ええ、はい。甘えたくなる時もあります」
俺は素直に甘えんぼを認めた。
どちらかと言うと俺はガンガンぐいぐい引っ張っていくタイプだと思うんだが、とはいえ、しんどい時には慰めてもらえると元気が出るものだ。
それはサー・ポーロ士爵に散々、酷い目に合わされた時にリーリアやエスコルヌ女子爵に助けられて実感していた。
「ご安心を。敵わないというのでしたら、わたくしだってフィブレ様の魅力にはかないませんもの」
「ははっ、お互い様ってことかな」
「好き合うとはそういうことでしょう? お互いの魅力にお互いが惹かれ合うのです。それで話を戻すのですが、重要な案件とはなんだったのでしょうか?」
なでなでを十分に堪能したのか、エスコルヌ女子爵は甘えんぼ半分、真面目半分ってな顔で話しはじめた。
多分、本人は真面目な顔を作っているつもりだろう。
でも目は真面目なんだけど、頬は完全に緩んじゃっているんだよなぁ。
「それなんだけど。帰って早々で悪いんだけど、まずはこれを見て欲しい」
エスコルヌ女子爵は、俺が差し出した例の契約書を見た。
「こ、これは――!?」
そして満足げな顔から一転、エスコルヌ女子爵は俺とそっくり同じ反応を見せた。
エスコルヌ女子爵の視線が、俺の顔と契約書を何度も交互に行き来する。
そして隅々まで熱心に何度も何度も繰り返し見返すと、顔をあげて驚きの表情でもって俺を見た。
「ああ。これは俺の暗殺を依頼する契約書さ」




