第95話 ◇サー・ポーロ士爵 SIDE◇ 盗み聞き
それを見たサー・ポーロ士爵が舌打ちをする。
「貴様はいつまで部屋におるのじゃ! さっさと出て行かんか!」
「も、申し訳ございません! ただちに!」
徴税責任者が足早に退出し、ドアが閉まり、執務室にはサー・ポーロ士爵とシグマだけとなった。
「それで、暗殺が失敗したというのは本当なのか?」
サー・ポーロ士爵がシグマに話を促す。
「あ、ああ。あのフィブレって野郎、マジで強くてよ。あと一歩だったんだが、仲間に庇われて、無事に生き延びやがったんだ」
「な、なんということじゃ! あれほどの大金を要求しながら、使えない暗殺者どもめが……!」
来年の税収が60%減になることに加えて、暗殺まで失敗したと知り、サー・ポーロ士爵はもはや怒髪天を衝く勢いだった。
「どうする親父? あいつら、オレらに復讐をしてくるんじゃないか? 実は見届けようとして、ヤツの仲間に顔を見られちまったんだ」
「まったく何から何まで、この馬鹿息子めが……!」
「す、すまねぇ親父」
幼子のように怒られて縮こまるシグマにイラつきながらも、しかしサー・ポーロ士爵は考える。
「じゃが、見られただけならば、まだなんとかなるはずじゃ。たまたま近くにいたと言い張ればよい。キツネ狩りでもしていたと言えば、それを嘘だと証明するのは難しいからのぅ」
「暗殺されかえしたりはしねぇかよ?」
Sランク冒険者フィブレの真の実力をまざまざと見せつけられて、もはやシグマは完全にビビってしまっていた。
当初の威勢の良さは完全に鳴りを潜めている。
怒りに燃えるフィブレが仕返しに来る姿を想像するだけで、シグマは身体の震えが止まらなかった。
シグマはどこまでも、金と権力で他人を脅して従えてきただけのドラ息子だった。
サー・ポーロ士爵はそんなどうしようもないシグマに――しかしこんなのでも息子なので見放しはしない――またもや溜め息をつくと言った。
「屋敷の警備を増強しておこう。しばらくは屋敷から出んことじゃの。復讐に燃えておっても、さすがに貴族の屋敷に押し入ったりはせんであろうからのぅ」
「あ、ああ……そうするぜ。ありがとよ、親父」
これで当面は何とかなるだろうと、サー・ポーロ士爵とシグマは思った。
だがしかし、二人は気付いていなかった。
先ほど閉じられたはずのドアがほんのわずかだけ、完全には閉まっていなかったことに。
そして出て行った徴税責任者がドアの外で立ち止まり、こっそり話の内容を盗み聞きしていたことに。
(フィブレっていうのは冒険者ギルドのギルドマスターのフィブレ・ビレージのことだろう。俺も徴税で何回か会ったことがある。まっすぐでとても気のいい奴だ。それを暗殺しようとして失敗しただって?)
徴税責任者は思う。
(ノースランドに引っ越すにしても、いい職にありつけるとは限らない。だがこの話を持っていけば、いい仕事にありつけるんじゃないか? だって暗殺者の雇い主をフィブレは知りたいはずだ)
悪くない考えだと徴税責任者は思った。
(それにサー・ポーロ士爵にはさんざん理不尽に怒鳴られてきたからな。ここいらでちょいと意趣返しをさせてもらうか。後はなにか物証があれば完璧なんだがな? 契約書か、やり取りの証拠でも手に入れられれば――)
思い立ったが吉日。
すぐさま徴税責任者は行動を開始した。
夜中に裏口からサー・ポーロ士爵の屋敷に潜入した――忘れ物をしたと言って顔パスで通った――徴税責任者は。
くすねていた合鍵で執務室に忍び込んで、ろうそく片手にサー・ポーロ士爵の執務デスクを漁り始めた。
「たしか上から二段目の引き出しが二重底になっていて、秘密の隠し場所になっているんだ……」
そして暗殺者集団の頭領と交わした契約書を探し出し、
「間違いない、これだ! 俺は運がいい……!」
盗み出して、出奔した。
そしてそれを持って、フィブレに会いに行ったのは言うまでもない。
こうしてなによりも欲しかった物的証拠を、フィブレは期せずして手に入れたのだった。
◇サー・ポーロ士爵 SIDE END◇




