第93話「フィブレさんは本当にワガママですね。でも、嬉しいです。えへへ……好き♪」
「ですがフィブレさん、貴族になるのは嫌がっていましたよね? なのにどうして急に……?」
「理由は大きく2つある。1つはさっきも言ったんだが、リーリアとエスコルヌ女子爵の2人と結婚するためだ。俺はワガママだからな」
「もぅ、フィブレさんは本当にワガママですね。でも、嬉しいです。えへへ……好き♪」
とろっとろの甘えんぼボイスの「好き♪」に、俺は一瞬、我を忘れた。
「お、おう」
な、なんだよ。
さっきからリーリアがいつにも増して可愛く見えるんだが?
思うに、今までは一定以上は好意を見せないように、抑えたり隠したりしていたんだろうな。
長いこと我慢させちゃってごめんなリーリア。
「それで、もう1つはなんなんでしょうか?」
「もう1つは今回の一件の黒幕に、相応の落とし前をつけさせるためだ。それには貴族の立場が必要だった。相手が貴族だからな」
「……黒幕はサー・ポーロ士爵ですね?」
「ああ、ほぼそれで間違いない」
正確にはドラ息子のシグマとセットだがな。
「でも私たち、そんなに悪いことしてませんよね? 高い家賃が払えなくて、割安物件に引っ越しただけじゃないですか」
「普通に逆恨みだよな。だが向こうからしたら、首輪で繋いで絶対に逃げられなくしていた飼い犬に、手を噛まれた気分なんだろうよ」
「だからってここまでしなくてもいいじゃないですか……」
「同感だ。そして奴らは今回、越えてはならない一線を超えた。今までもニュースペーパーに偏向報道を書かせたりと、大なり小なりの嫌がらせを受けてきたが、さすがに今回ばかりは俺も堪忍袋の緒が切れた。この落とし前は必ず付けさせる」
そのためなら貴族になって面倒になることなんて軽いもんだ。
「あ、でも。暗殺者集団は壊滅させちゃいましたよね? つまり直接の犯人はいません。上手く首謀者に繋がる証拠を集められるでしょうか?」
「そこは安心してくれていいぞ。そのために今、エスコルヌ女子爵が裏どりと、今後のための工作をしてくれてるところだから」
エスコルヌ女子爵は、既に昨日のうちに行動を開始していた。
ドラ息子のシグマに、裏社会の暗殺者を紹介した貴族の子弟たち。
その親である貴族に交渉(という名の半ば脅迫)を持ち掛け。
彼らを不問に付す代わりに、シグマ告発のために必要な証言と証拠を出してもらうのだ。
「上手く行きそうですか?」
「もちろんだとも。今回は俺たちは一方的な被害者だし、なによりエスコルヌ女子爵には貴族たちの間で人望があるからな」
「サー・ポーロ士爵は人望という点では全くですもんねぇ」
「人は最後の最後は情で動く。外形的にも心理的にも、俺たちに味方しないって可能性は極めて低いさ」
「日頃の行いがモノを言いますよねぇ……」
リーリアが思わずと言ったように苦笑した。
「それに今の俺は貴族だ。『貴族の暗殺』という超が付く大事になった以上は、我が身可愛さに、自ら進んで協力してくれると俺は踏んでいる」
「ですよね、フィブレさんは貴族ですもんね。あ、でしたら私も話し方を変えないといけませんよね? だってフィブレさんはもうビレージ士爵。貴族様であらせられますので」
リーリアが妙に真面目な顔で言う。
これは冗談か?
それとも本気なのかな?
リーリアは割と常識人なので、もしかしたら本気で俺に丁寧に接しようとするかもしれなかった。
ここはしっかりはっきり言っておかねば。
「やめてくれよ。リーリアにまで『貴族様』扱いされたら、俺の心が休まる場所がなくなってしまうだろ? リーリアだけは今のままでいてくれないと、むしろ困る。それもすごくな」
「わかりました。では今まで通りで話しますね、フィブレさん♪」
「マジで頼むからな」
念押しした俺の言葉に、リーリアが笑ったところで、
グ~~~!
ここまでのシリアスな雰囲気を切り裂くように、大きな音がリーリアのお腹から聞こえてきた。
「はぅ……っ!?」
お腹を押さえて、恥ずかしそうな、声にならない声を上げるリーリア。
なんとも言えない気まずそうな顔で俺を見ると、顔を赤くして視線を逸らした。
「いい音が鳴ったな。元気になった証拠だ」
「はい。とてもお腹がすいています。ぺこぺこです」
リーリアは白状すると、俺に向き直った。
「うっし。すぐに食事を用意してもらってくるよ。ちょっと待っててくれな」
席を立とうとした俺の服の袖をリーリアがちょこんと引っ張った。
そしてささやくように言った。
「もう一度、キス、いいですか?」
俺は答える代わりにリーリアの頬にそっと手を添えると、その唇に優しくキスをしたのだった。
まったく、リーリアは甘えんぼなんだから。




