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第91話「じゃ、じゃあ……ほ、ほっぺにキスとか?な、なんちゃって!?今のは冗談ですからねっ!」

「でも本当に良かったよ、リーリアの目が覚めてさ」


「ええっと、結局なにがどうしたんですか? というかここはどこなんでしょう? ベッドも部屋も見覚えがないんですが……」


 状況が理解できないのだろう。

 リーリアはわずかに眉を寄せながら、こてんと小首をかしげる。


 その顔はもう普段と変わらない血色で、毒に苦しんでいた時の辛そうな様子は微塵も見て取れない。


 もちろん全快ではないのだろうが、かなり体調は良さそうだった。


「ここはエスコルヌ女子爵の屋敷の一室だよ。絶対に安全な場所だから安心していい」


 領主貴族の屋敷に許可なく踏み込もうものなら、庶民なら裁判なしで死罪。

 貴族ならそれはもう戦争だ。


「エスコルヌ女子爵のお屋敷ですか……?」


「覚えてないか? 俺たちはノースランドへの道中で襲われたんだ」


「あ――!」


「思い出したか?」


「そうです! 黒ずくめの集団に襲われて! それで私、フィブレさんを庇おうとして腕に怪我をして――ええと、どうなったんでしたっけ? なんだかそこから記憶が曖昧ですね……? あれ……?」


 リーリアがまたもや小首を傾げる。


「シュリケンに毒が塗ってあって、リーリアは気を失って倒れたんだよ」


「ど、毒ですか!? あの、私、大丈夫なんですか!?」


「ああ。シノビの解毒剤のおかげで一命はとりとめた。話している感じだと、すっかり元気そうだ。でも一時はかなり危なかったんだぞ」


「わっ! そうだったんですね! シノビさんには感謝しないとです」


 命の危機に瀕していたと知って、リーリアが大きく目を見開いた。


 だけど感謝するのはリーリアじゃないんだよな。

 感謝しないといけないのは俺だ。


 俺は背筋をピンと伸ばし、居住まいを正すと、改めてリーリアに告げた。


「ありがとうリーリア。俺を庇ってくれて。あの一瞬、俺は油断していた。リーリアが庇ってくれなかったら、俺はあの場で死んでいただろう」


 王国に10人もいないSランク冒険者で、ギルドマスターとして常々「終わるまで気を抜くな」とギルドメンバーたちに口酸っぱく言っていた俺が、ほんの一瞬とはいえ戦場で気を抜いてしまうなんて。


 俺だけのことで済めばまだしも、そのせいでリーリアをあわや死なせてしまいそうになった。


 俺は最大限の感謝と、限りない自戒を込めてリーリアに頭を下げた。


 だけどリーリアは言った。


「ふふふっ。私も無事でしたし、フィブレさんも無事でよかったです。だから頭を上げてください」


「だが――」


「私たちは共に戦って、そしてみんなで生き残ったんです。ね、これって大勝利じゃないですか? 大勝利なのに頭を下げるなんて、変ですよ」


 優しいリーリアの声が頭の上から降ってくる。


「リーリア……」


 顔をあげると、リーリアが笑みを浮かべていた。

 いつもの可愛らしい笑顔が俺を優しく見つめている。


「ね? 大勝利なんですから、湿っぽい話はもうやめにしませんか? 反省はちゃんとしたんですから、引きずっては行けません」


「……そうだな。まったく。リーリアにはかなわないよ」


 リーリアの前向きな言葉と笑顔につられて、俺も自然と小さく笑みを浮かべていた。


「あ、でもでもがんばったご褒美は欲しいかもです」


「いいぞ、なんだ? 何か欲しいものでもあるのか? 今なら何でも買ってやるぞ。なにせリーリアは大勝利の立役者だからな」


「何でもいいんですか?」


「ああ、何でもいいぞ」


「じゃ、じゃあ……ほ、ほっぺにキスとか? ……な、なんちゃって!? 今のは冗談ですからねっ!」


 リーリアが恥ずかしそうに顔を赤らめながら、やんやんと身体をよじる。


 そんなリーリアに特大級の愛おしさを感じながら、俺はまっすぐに答えた。


「わかった。キスが欲しいんだな」

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