第86話 リーリアがんばれ、リーリアがんばれ
「奴は処分したな」
質問ではなく、確認をする。
「御意」
シノビから帰ってきたのは、もちろん俺の思った通りの答えだった。
まぁ、シノビからこれ以外の答えが返ってきたことは、そもそもほとんどないのだが。
なにせ今回の暗殺者は裏社会のプロフェッショナル。
尋問しても、依頼主についてしゃべったりはしないだろう。
なにより俺の大切なリーリアを死に追いやるようなヤツを、生かしておく理由も価値もありはしなかった。
「それと、サー・ポーロ士爵の息子シグマが、馬で逃げ去るのを見ました。おそらく一連の暗殺の依頼主かと」
「そうか。報告ありがとう」
「偶然をよそおって殺しますか? 今から追えば十分間に合いますが」
「……今はいい。だが後で必ず、今日の落とし前はつけさせる。相応の形でな」
「御意」
殺意を感じないといえば噓になる。
俺はシグマに対して明確な敵意を覚えていた。
こいつだけは絶対にただではおかないと。
だがシグマはあれでも貴族だし、なにより今は優先すべきことがあった。
確認すべきことを確認し終えた俺は、今もっとも優先すべきこと――リーリアの容態についてシノビに尋ねた。
「シノビに貰った毒消し薬は全部リーリアに飲ませた。後はどうすればいい?」
「暖かい場所でひたすら安静にしていれば、快癒するかと」
「なるほど。だが毒の回りが早かったのが、俺としては少し気がかりなんだが」
「それは不幸中の幸いにございます。毒の回りが早いということは、裏を返せば毒消しの効きも早いということですので」
「そういうものか」
「そういうものです。なにより彼らの使った毒は、我が忍びの里にて伝わってきた秘毒。その特性は、同郷の私が誰よりもよく熟知しております」
淡々と、だが理路整然と答えるシノビの説明を聞いて、俺はホッと一安心した。
よかった。
危機は脱出した。
どうやらリーリアは一命をとりとめたようだ。
「OK。今からエスコルヌ女子爵の屋敷に向かう。暖炉でガンガンに暖めた部屋でリーリアを寝かせてもらおう」
「御意」
「シノビは御者を頼む。俺は荷台でリーリアの身体を抱いて温める」
「御意」
シノビはいつものように無感情に端的な答えを繰り返すと、軽やかに御者台に乗って馬を走らせ始めた。
俺は荷台にあった毛布でリーリアをくるむと、後ろから身体全体で覆うようにして抱きしめながら座った。
俺の体温で少しでもリーリアを温めるのだ。
「リーリア、もう少しの辛抱だぞ。すぐに温かい部屋で寝かせてやるからな。それまでは俺が温めてあげるから、がんばるんだぞ」
優しくそっと耳元に語り掛けると。
「ぅ……ぁ……フィブレ……さん……」
うわごとのような、かすかな声が返ってくる。
さっきまでは呼びかけても全く反応がなかったので、やはり峠は越したようだ。
真っ白だった顔色も、いくぶんかよくなった気がする。
かといって油断はもちろん禁物だ。
だから俺は、今の俺にできることを全力で全うする!
俺は毛布にくるんだリーリアをぎゅっと抱きしめた。
「リーリア、がんばれ。リーリア、がんばれ――」
俺はリーリアを抱きしめながら、励ますように何度も何度も、ささやき声で名前を呼びかけ続ける。
「リーリア、がんばれ。リーリア、がんばれ――」
リーリアの頭や肩を優しく撫でさすりながら、エスコルヌ女子爵の屋敷に着くまで、俺はずっとリーリアの名前を呼びかけ続けたのだった。




