第84話 伏兵
俺は反射的に危険スイッチが入り、戦闘モードでの集中力を取り戻す。
音は後方。
俺の死角から何かを投擲されたようだ。
何かとは――シュリケンだ。
さっきまで暗殺者リーダーに散々投げられたから、その独特の風切り音には嫌でも聞き覚えがあった。
そして暗殺者集団を全滅させ、ほんの一瞬、ほんのわずか気を緩めた瞬間。
そこを狙われた。
伏兵がいたのだ。
リーダーを含めた味方が全滅したことすらも利用する。
どれだけ味方が死のうとも、伏兵は微塵も気配をこちらに悟らせることなく、ただただ静かに好機を待っていた。
陰に忍ぶ裏社会のプロフェッショナルらしいやり口だった。
俺は刹那の一瞬で、状況をそう分析したのだが。
しかし身体はというと、完全に動き遅れてしまっていた。
「く――っ!」
俺の身体は今ごろになって――思考から大きく遅れて――ようやく動き出そうとしていた。
だめだ、もう避けるのは間に合わない――!
運よくシュリケンが外れてくれることを祈るしかない。
だが味方の死と引き換えに放たれた、必殺の一撃だ。
外すとはとても思えなかった。
まずった――!
俺は死すらも覚悟していた――その時。
「フィブレさん――!」
リーリアの声が聞こえた。
必死な声とともに、横合いから飛び出してきたリーリアが、両手を押し出すようにして、俺を思いきり突き飛ばしてきた。
「ぐ――っ1」
死角からのシュリケンに意識を全集中していたせいで、リーリアの動きに直前まで気付けなかった俺は。
ドン、といきなりのタックルを受けてあっさりと転倒すると、ゴロゴロと無様に地面を転がった。
最低限の受け身はとったし、おかげでシュリケンによる狙撃からは逃れられたのだが――、
「あう――っ!」
直後、リーリアの悲鳴があがった。
「リーリア!?」
「う、ぐ……」
リーリアの苦悶の声が聞こえてくる。
俺は慌てて身を起こすと、まずはシュリケンが飛んできた方を見定めた。
すると黒装束が1人、逃げていく姿が目に入る。
いったんは安全な状況だと判断した俺は、すぐにシノビに指示を出す。
「シノビ! ヤツを追え! 絶対に逃がすな! 絶対にだ!」
「御意。それとこれを」
するとシノビが懐から何かを取り出して、手渡してきた。
液体の入った小瓶だ。
軽く揺らしてみると、チャプチャプと中の液体が動いた。
「これは?」
「一族に伝わる秘伝の毒消しにございます。気付け効果もありますので、リーリア殿にお使いください。それではごめん」
それだけ言うと、シノビはものすごい速度で逃げた伏兵を追っていた。
まるで鳥のように早い。
気配を殺さずに全力で走るシノビを見るのは初めてだったが、これなら追いつけるだろう。
1対1ならシノビが負けることもないはず。
あっちはシノビに任せれば問題ない。
だから俺は急いでリーリアの元へと駆け寄った。
リーリアは右の二の腕をおさえながら、地面にうずくまっていた。
「大丈夫かリーリア! お前、俺を庇って――」
「大丈夫……です。か、かすり傷……です、から――うぅ……っ」
「その割には苦しそうだぞ。ちょっと見せてみろ」
「は、はい……」
傷口を抑えていたリーリアの左手をそっと取ると、右上腕に小さな切り傷があった。
見た目はたしかにかすり傷だ。
薬草でも塗っておけばすぐに治るような浅めの刃物傷。
だがどうにもリーリアの様子がおかしかった。
リーリアの顔は妙に青白く、口調は弱々しいうえに、身体が小刻みに震えている。
ただのかすり傷でここまで容体が悪くなるわけがない。
となると――




