第69話 リーリアとエスコルヌ女子爵
「お疲れさまでした、フィブレ様。これにて施術は全工程が完了ですわ」
「こちらこそありがとうございました。痛みには強いほうだと思っていたんですが、最後のはもう死ぬかと思いました」
手で軽く太ももの裏、痛みのあった辺りを触ってみるが、もちろん穴など開いてはいない。
「身体の外からくる痛みと、身体の内の痛みは別なのですわ」
「身をもって体感しました。しかしこれはもしかしたら戦闘に応用できるかもしれません」
なんとかして魔獣のツボを攻撃することができれば、魔獣はのたうち回るのでは?
魔獣も人間と同じで、骨と筋肉で運動系が形成されているんだから、人間同様にツボが弱点となりうるはずではなかろうか?
「フィブレ様。そういった難しい話は後でもよろしいのではありませんこと? それよりもお身体はどうでしょう?」
「おっと、すみません。職業柄つい、余計なことを考えてしまいました」
「フィブレ様は本当に真面目ですわよね。ちなみに最後のツボは、わたくしが先生よりご教授いただいた、疲労の特効薬ですの。足の疲れがかなり楽になっているはずですわよ?」
エスコルヌ女子爵の言葉を確かめるために、俺はベッドから立ち上がってみた。
もうそれだけで違いがわかる。
上半身に続いて、下半身の疲労が嘘のようになくなっていた。
「足が羽毛のように軽いです。いや、足だけじゃなく腰や背中も軽くなった気がします」
「太ももは腰や背中と、身体の中の筋肉で繋がっておりますの。ですので太ももの疲労を取り除けば、腰や背中も軽くなるんです」
エスコルヌ女子爵は満足げに説明をすると、俺に覆いかぶさるように抱き着いてきた。
「ええっと?」
「わたくしとしては、フィブレ様にはもっと気持ちのいいことをして差し上げても、よろしいのですけれど?」
その笑顔は貴族がナチュラルにする、平民を見下すような偉ぶったところが全くなく、とても魅力的で美しい、一人の女の笑顔だった。
俺としても、こうして俺のために、長時間のマッサージ&リンパ流し、さらにはツボ押しまでしてくれる献身的なエスコルヌ女子爵に、少なくない好意を抱いていた。
しかしそれと同時に、俺の頭の中にはリーリアの顔が浮かんでいた。
シゴデキで献身的な頼れる秘書は、明るい笑顔でいつも俺を支えてくれる。
なのに時々、妙に甘えんぼになって、なでなでを所望して。
そんなリーリアに好意を抱くなというのは、これまた無理な話だった。
「…………」
エスコルヌ女子爵とリーリア。
俺は2人の女性のことを考え、なんと答えたものか言葉に詰まってしまう。
そんなどっちつかずで優柔不断な俺を見て、エスコルヌ女子爵は小さく笑った。
「フィブレ様は、踏ん切りがつかない顔をしておられますわね」
「わかりますか」
「それはもう。多分ですけれど、時々一緒に連れてくるあの可愛い秘書さんのことが気になっているのでしょう? リーリアちゃんでしたかしら」
「……それもわかっちゃいますか」
ま、あまり男女関係に聡くない俺ですらリーリアの好意には気付いているのだ。
その辺りかなり察しのいいエスコルヌ女子爵が、気付いていないはずがないわけで。
「でしたらやはりSランク冒険者の権利で貴族になって、正妻と第二婦人という形で二人とも幸せるにすればよろしいのではありませんか? もちろん正妻の座は譲れませんけれど」
エスコルヌ女子爵は以前から、そういう方針で俺に踏ん切りをつかせようとしていた。
けれど俺は移転の忙しさを理由に曖昧なままに引き延ばしてきて、今もまだ答えを出せていなかった。
「その件に関しては、もう少し考えさせてください。この移転が終われば少しは余裕もできるはずですから」
「もぅ、フィブレ様ってば、いつもそう言ってはぐらかすんですもの」
「面目ありません。ですが大切なことなので、軽々に『はい』とは言えないのです」
「なにかフィブレ様の踏ん切りがつく機会があれば、いいんですけれどねぇ」
そう言うと、エスコルヌ女子爵は名残惜しそうに離れていった。
「そうかもしれません」
とりあえずは曖昧にうなずいた俺だったが、俺が踏ん切りをつける機会がすぐに起こるとは、この時の俺は想像もしていなかった。




