第68話 ズブゥンヌ!
「お身体の方はどうでしょう? 筋膜はがしもしましたし、特に上半身はかなり念入りに解したのですけれど」
「おかげさまで肩や首はすっかり軽くなりました。俺の身体ってこんなに軽かったんだなってビックリしています。施術前とは大違いです」
肩を回してみると、驚くほどに軽い。
最近時々感じていた、肩の骨と筋肉がつんのめるような嫌な感覚も、完全になくなっていた。
少しずつ疲労が蓄積していたせいで気付いていなかったんだが、どうやら俺の身体は相当へばっていたらしい。
「それは良かったですわ。ですが温泉施設が完成していれば、ゆっくりつかって疲れをいやせたのですけれども」
「冒険者ギルド施設の完成を優先したのですから、それは仕方ありませんよ」
物事には優先順位というものがある。
最優先はあくまで冒険者ギルド施設の完成であって、温泉施設は後からいくらでも時間をかけて作れるからな。
「では最後に、殷門と呼ばれる足の疲労にとってもよく効くツボを押して終わりにしましょう」
「そんなものがあるんですね。ぜひお願いします」
今日のマッサージは天にも昇るような気持の良さだった。
今度はどれだけ気持ちいいんだろう、なんて俺がぼんやり思っていると。
「太ももはまだ少しハリを感じますわ。凝りが解れてはおりません。少々、力を入れるので、痛いかもしれませんが、その時は遠慮なく声を上げてくださいまし」
「こう見えて痛みには強い方なので、大丈夫だと思いますよ」
最前線からは身を引いたとはいえ、俺も伊達にSランク冒険者はやっていないのだ。
「ふふっ、でしたら安心ですわね。どうぞ楽しませてくださいな」
「――え?」
うつ伏せになっている俺からは見ることのできないエスコルヌ女子爵の顔が、なぜだか小悪魔のように笑った気がした。
そして暢気に構えていた俺の太ももの裏に、
「それでは参りますわ!」
ズブゥンヌ!
痛恨の一撃が叩き落された。
「ぐがああああああああああ!? あいたたたたたたたたたたたた!? ちょ、タンマ! タンマ! タンマタンマタンマ! タンマってばタンマ!」
あまりの痛みに、俺はベッドの上で盛大にエビぞりになりながら、腹の底からの叫び声をあげた!
右手でベッドをパシパシと叩いてタップ(まいった)をアピールする。
「あら、どうされましたフィブレ様?」
ズブゥンヌ!
「ぎえぇぇぇぇぇぇぇ!! 指が! 指が! エスコルヌ女子爵の指が俺の身体にめり込んでますから!!」
「あらあら、何をおっしゃるかと思えば。全然ちっとも、めり込んではおりませんわよ? わたくし、そんな馬鹿力は持ち合わせておりませんもの」
「だって、めり込んでいる感覚が! ある! んですが――」
ズブゥンヌ!
「ぐががががぎごががぐっっっ!」
ズブゥンヌの前には、言いたいことも言わせてもらえない……!
「いわゆる錯覚ですわね。それと申し訳ありませんでした、少し痛かったでしょうか? 痛みに強いとおっしゃっておられましたので、強めにやってみたのですが」
などと口では謝りながらも、
ズブゥンヌ!
しかしエスコルヌ女子爵は指圧する力をまったく緩めようとはしない。
「いててててててっ!? ギブっ! ギブっ! ギブです! ナマ言っちゃってすみませんでした!」
「ギブ(もっと欲しい)ですわね、かしこまりました」
ズブゥンヌ!
ズブゥンヌ!
「ごっっハアァァァァァァっっ!!! ギブはギブでも! ギブアップのギブですから! 絶対わかってやってますよね!」
「ふふっ、これはこれは失礼いたしました」
エスコルヌ女子爵はクスクスと笑うと、スッと力を抜いた。
途端に身体の中まで貫かれていたような痛みがスッと霧散していく。
やっとのことで痛撃から解放された俺は、
「はぁ、はぁ、はぁ……、はぁ、はぁ、はぁ……」
エビぞりしていた身体を投げ出すようにして、
ガクリ。
息も絶え絶えにベッドの上に倒れ伏したのだった。
恥ずかしいことに涙目になっている。
さっきの痛みを身体が思い出すのか、何もされていない今も時おり、俺の身体はピクピクと小さく跳ねていた。
今の俺を見た人は、陸に上がった魚のようだと例えることだろう。




