第6話 「おうともよ。諦めて文句を言ってても、何も変わらないからな」
「物を大事に使う。実によいことですな。それにしても綺麗に直しましたな。まるで新品のようですじゃ」
「こう見えて工作は得意なんですよ。俺ってけっこう器用ですから」
「こう見えても何も、神童フィブレと言えば多才なことで有名ではありませんか。むしろ、さすがと言ったところですわい」
「あはは、俺はもう今年で26才ですよ。さすがにその二つ名を名乗る年じゃあ、ありませんってば」
俺は割と童顔で若く見られがちなんだが、それでもさすがに子供と呼ばれる年齢ではないだろう。
「はっはっは。自分たち年寄りから見れば、26などまだまだほんの子供ですわい」
「なるほど、おっしゃる通りです」
俺とお爺ちゃん清掃スタッフは、目を合わせると小さく笑い合った。
「おっと、話し込んでお仕事のお邪魔してしまいましたな。それではワシはこれで」
お爺ちゃん清掃スタッフは会釈をすると、老人とは思えないしっかりとした足取りで立ち去って行った。
「このギルドは本当にいい人が多いんだよな。だからギルマスの俺が、なんとかしてこの人たちを守っていかないと」
ギルドが破綻してこの人たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。
そのためにも俺が頑張らないとだ。
「じゃあ次に行くか。ええっと、食堂の戸棚の修理だったか」
こうして俺は修理の要望が出ていた備品を――すぐに直せるものに限るが――片っ端から直していった。
◇
あらかた直し終えた頃には周囲はすっかり暗くなっており、約束通りリーリアと夕飯を食べる。
ギルドの食堂の、お世辞にも美味しいとは言ええないディナー定食を食べてから、リーリアに紅茶を入れてもらって、例のフルーツタルトを食べ始めた。
「はふぅ、やっぱり『タルト・ア・ラ・レーヌ』のフルーツタルトは絶品ですねぇ。ベリグーですよぉ♪」
なんてほくほく顔ですぐに食べ終えてしまったリーリア。
そんなリーリアに、俺はほとんど手を付けていない自分の分のタルトのお皿を、リーリアの方に軽く押しやりながら言う。
「よかったら俺の分も食べるか?」
「えっ、いいんですか!? やったぁ! ……こほん。そんな、フィブレさんの分まで貰うなんて悪いですよぉ」
などと言い直しつつも、リーリアの視線は俺の分のタルトへと向かっている。
言葉も態度も徹頭徹尾、本音が駄々洩れだった。
「あはは、自分の気持ちを偽らなくたっていいよ。リーリアにはいつもお世話になってるからさ。お礼の意味も込めて、俺の分のタルトもぜひ、食べてくれると嬉しいな」
俺は笑顔とともに、さらにリーリアの方へとお皿を押し出す。
「も、もう。フィブレさんがそこまで言うのでしたら、これ以上断るのは失礼というものですよねっ」
「そうそう」
「というわけで。えへへ、ありがとうございます♪ フィブレさんの分もいただきますねっ♪」
「どうぞ召し上がれ」
リーリアが満面の笑みとともに、俺の分のタルトを食べ始める。
少しお行儀悪くフォークを咥えながら「美味しいですぅ♪」と、とってもご満悦のリーリアを見て、俺はほっこり幸せな気分になりながら、熱々の紅茶をすすったのだった。
「……フィブレさん」
タルトを食べ終えてから、リーリアが言った。
「ん?」
「状況は厳しいですが、諦めずになんとか打開策を見つけましょうね」
「おうともよ。諦めて文句を言ってても、何も変わらないからな」
「わたしも微力ながらお手伝いしますので」
「ははっ、リーリアがいてくれれば百人力さ。頼りにしてるんだからな? 有益な情報があったらすぐに教えてくれよ」
冒険者ギルドに舞い込む様々な依頼を、最初に受け付けるのが事務方だ。
そのトップであるリーリアは、広範囲の情報に常に触れ続けている。
さらに馴染みの相手とは、独自の情報網も構築しているらしい。
活路を見出すチャンスが生まれるとしたら、きっとリーリアからだ。
俺はそんな確信のような期待をリーリアに抱いていた。
「お任せください」
俺の言葉に、リーリアは力強くうなずいた。
サー・ポーロ士爵にふっかけられた施設利用料2倍という条件は、文字通り無理難題だ。
俺も交渉は続けるが、おそらく聞く耳を持ってはくれないだろう。
サー・ポーロ士爵は俺に対して、妙に当たりがきついからな。
何か恨みでも買っただろうかと思い返してみても、特に思い当たる節はなかった。
なんにせよ、諦めるわけにはいかない。
俺は改めて、強い決意を抱いたのだった。




