第56話 決戦の朝
そしてついに定例協議の日がやってきた。
「さぁ勝負の日だ。俺もいい加減にうんざりしていたからな。今こそ積年の恨みを晴らさせてもらうぞ」
既にライオットさんやエスコルヌ女子爵には、今日サー・ポーロ士爵に告げると話を通してある。
今日から俺たちは、表立っての移転作業を開始する。
定例協議はそのための宣戦布告なのだ。
ワクワクする自分を、俺は朝から抑えきれないでいた。
病気で引退した先代ギルマスに懇願され、冒険者を引退してギルマスになってから今まで、一度も感じることのなかった強烈な高揚感を覚える。
暴れドラゴンの討伐クエストの時の感覚が、一番近いかもしれない。
しかしそれと同時に、俺はどこまでも冷静な自分を自認していた。
優れた冒険者とは、真夏の太陽がごとき熱い心と、真冬の湖のような冷めたい思考を同時に成立させられるものなのだ。
「フィブレさん、行ってらっしゃいませ」
定例協議に向かう準備を終えた俺を、リーリアが見送りに来る。
「ああ、行ってくる」
「戦果を楽しみに待っていますね」
「任せとけ!」
俺はやる気を体現するべく、右手でグッと力こぶを作って見せた。
そんなやる気満々の俺にリーリアが言った。
「そ、そうだ! フィブレさんにおまじないをしてあげますっ!」
「おまじない?」
「は、はい! いいことが起きるおまじないです!」
「へえ、そんなのがあるのか。せっかくだしやってもらおうかな」
俺はあまり信心深い方ではないんだが、他でもないリーリアがやってくれるというのなら別段、断る理由もない。
「それでは目をつぶって下さい。そしてそのまま動かず静かに。すぐに終わりますので」
「了解。目をつぶってジッとしてればいいんだな」
俺は言われた通りに直立不動の体勢で目を閉じた。
どこか儀式めいたやり方に、最近のおまじないは手が込んでるなぁ、なんて思っていると──
チュッ。
俺の頬にしっとりと温もりを帯びた柔らかな何かが触れた。
えっ、と思って目を開けるとリーリアの顔が目と鼻の先にあり、
「わっ、わわっ!?」
ビックリした顔ですっとんきょうな声をあげると、リーリアはシュバッと身を翻して俺から離れていった。
「リーリア、今のは──」
キスと言いかけた俺の言葉を遮るように、
「おまじないですから! け、決してそれ以上の深い意味はありませんので! だから勘違いしないで下さいよねっ!」
わー!っと、リーリアが怒涛の勢いで説明をする。
「お、おう……そうか」
「そうですよぉ! そ、それ以上の深い意味なんてないんですからねっ!」
などと言い訳をするリーリアだが、その顔はりんごのように赤い。
なによりその瞳は情熱的な色を湛えて俺をしっとりと見つめていた。
「ありがとうリーリア。最後のおまじないで俺の勝ちはもはや揺るがないものになったよ」
俺はそう言うとリーリアの肩を抱き寄せた。
そしてその頬にチュッとキスを返してあげる。
「あ──っ」
「俺からのおまじない返しだ。1人分より2人分の方が効果あるだろ?」
「……えへへ、はい!」
好きとか恋人とかそういうのは今は抜きにしてさ。
頑張ってるリーリアにこれくらいはしてあげてもいいと思ったのだ。
そんなキザなことを考えてしまったのは、高揚感のなせるわざだったのかもしれない。
――と、やり取りを終えたところで、気が付くといつの間にかシノビがいて、素知らぬ顔で俺とリーリアを見つめていた。
「こほん……。居たんなら、声くらいかけてくれよ?」
「男女の睦み事を邪魔などいたしませぬ」
「これはそういうんじゃなくて、おまじないだから!」
「左様ですか」
否定も肯定もせず、淡々と受け答えをするシノビ。
俺はどうにも気恥ずかしくなって、強引に話を変えた。
「……で、シノビはどうしたんだよ? 俺に用があるのか?」
「自分もギルマスのご武運をお祈りに参りました。遠い故郷に伝わる邪気払いのおまじないです」
シノビはそう言うと、両手に持っていた火打石をカンカンっと打ち付けた。
小さな火花が俺の身体にパッと舞い散る。
「おー、綺麗なもんだ。わざわざこれをしに来てくれたのか。サンキューな、シノビ」
「ご武運を」
「おうともよ! じゃあ二人とも、行ってくる!」
リーリアとシノビにおまじないをかけてもらった俺は、ついにサー・ポーロ士爵との定例協議に望んだ――!




