第51話 ◇サー・ポーロ士爵 SIDE◇ (下)サー・ポーロ士爵は情報を得たが……
「しかもそれだけじゃねぇ! 巨大な施設の周りには商売に使えそうな建物がいくつも並んでたんだ!」
「待て、ワシはそんな話は何も聞いておらんぞ。馬鹿を言え」
サー・ポーロ士爵が情報を知らないのは、それもそのはず。
本来、各地を回って情報を持ち帰る商人たちは、商人ギルドのギルドマスター・ライオットがその絶大な影響力でもって完璧にコントロールしており、徹底した情報統制を敷いていたからだ。
また貴族たちの中には建設意図に気付いていた者もいたのだが――当事者であるエスコルヌ女子爵が言わないのは当然として――人望のないサー・ポーロ士爵にわざわざ味方する物好きはいはしなかった。
「いやいや親父、オレはたしかにこの目で見たんだっての! それでやべぇって思って、慌てて親父に報告に来たんだ!」
その言葉通り、ドラ息子のシグマのブーツはキツネ狩りをした時の泥がこびりついたままになっており。
執務室のふかふか高級絨毯には、乾燥した泥がいくつも飛び散っていた。
サー・ポーロ士爵はお気に入りの高級絨毯が汚されたことに小さな怒りを覚えたが、しかし今はそれどころではなかった。
(シグマはドラ息子じゃが、無駄に馬鹿正直というか、馬鹿そのものというか。意味もなく嘘をついたりはしないタイプじゃ)
そのことは実父であるサー・ポーロ士爵もよく知っていた。
つまり嘘は言っていない。
ノースランドには巨大な施設が完成しようとしているのだ。
サー・ポーロ士爵の脳裏に、まさかの可能性がよぎる。
訓練場ではなく、冒険者ギルドそのものが移転するのでは? という可能性だ。
「そういえば最近、ノースランド関連の情報があまり更新されていなかったような……よもや誰かの差し金か?」
ノースランドは田舎町とはいえ、そんなに大きな建物が建っているなら、すぐにサー・ポーロ士爵の耳にも入るはずなのに、それがない。
なぜか?
誰かが情報を握りつぶしていたのでは?
言いようのない焦燥感がサー・ポーロ士爵の心の中に芽生え始めた。
「冒険者ギルドの奴ら、絶対に何か企んでやがるぜ! まったくあのクソ野郎どもめが! 庶民の分際でオレたち貴族様に逆らいやがってよぉ!」
しかしドラ息子のシグマがやたらと慌てていたおかげで、サー・ポーロ士爵は対照的に冷静さを取り戻していた――ただし悪い意味で。
サー・ポーロ士爵はふぅ、と小さく息を吐くと、静かに言った。
「なに、案ずるでない我が息子よ。そんな大それたことを、奴らごときにできようはずもないからの。取り越し苦労というものじゃよ」
「で、でもよぉ……あれは絶対に……」
「案ずるなと言ったであろう。ちょうどいい、次の定例協議でそこを確かめてきてやるわい」
サー・ポーロ士爵はいつものようにクックと笑った。
「まぁ、親父がそう言うなら……」
「うむ、ワシに全て任せておけばよいのじゃ」
やや不満顔でドラ息子のシグマが執務室を出て行き、サー・ポーロ士爵は再び執務室で一人となった。
静かな執務室で、泥で汚れたお気に入りの高級絨毯を見てわずかに眉をひそめながら、サー・ポーロ士爵は思案に耽る。
(冷静になって考えてみれば、ギルド本体の移転などできるはずがないことは自明の理じゃ。
移転となれば、人の移動に加えて物資も移動させなければならぬ。
仮にやれたとして、ノースランドは立地が悪すぎる。
ろくに街も発展しておらず、ギルドもない。
それどころか街道すら通っておらぬときた。
典型的な田舎町じゃ。
そうじゃ、案ずることなどない。
すぐに戻りたいと泣きついてきよるじゃろうて。
馬鹿の考え休むに似たり、とはよく言ったものじゃの。
その時は賃料をさらに上げて3倍にしてやるわい。
ククッ、これはワシが冒険者ギルドを手に入れるのも、そう時間はかからんじゃろうて)
まさに知らぬが仏。
またしても何も知らないサー・ポーロ士爵は、移転などできるわけがないという思い込みもあって――いわゆる正常化バイアスだ――笑いを堪えることができず。
執務室にはクックックと、愚かな老貴族の乾いた笑い声がしばらく鳴り響いていたのだった――
◇サー・ポーロ士爵 SIDE END◇




