第40話 察しのいいグラハム、察しの悪いフィブレ
「ああ、そうそう。工事中に温泉が出たんで、温泉施設も併設することになったんだ」
「温泉?」
「ああ。それで当初よりも大規模になっているのさ。エスコルヌ女子爵は温泉が好きらしくて、エスコルヌ女子爵肝いりの事業なんだよ」
俺はエスコルヌ女子爵と事前に打ち合わせていた通りの回答を告げる。
悪いなグラハム。
お前には長いこと世話になっているし、ぶっちゃけ信用もしているんだが、こればっかりはまだ、お前にも本当のことは言えないんだ。
「温泉ねぇ……」
「悪くないだろ? 俺たちも訓練が終わればすぐに温泉に入って疲れを癒せる。肉体を酷使する冒険者にはうってつけの施設の上に、エスコルヌ女子爵は温泉好き。このあたりじゃ温泉は珍しいから観光資源にもなる。みんなハッピーさ」
旧知のグラハムにも、俺はひたすら白を切り続けた。
「……ま、いいけどよ。一応、この話は俺の胸の内にとどめておくから、そこは安心しな」
「ああ、わかった」
なんでもないことのように、軽く手を上げて答える俺。
ここで「配慮してくれてありがとう」とは言えない。
言えばグラハムの見立てが正しいと言っているに等しいからだ。
そしてグラハムは付き合いの長さもあって、もうこの会話だけでいろいろと分かってしまったようだった。
グラハムはこの話はもうこれで終わりとばかりに、あっさりと最初の話題へと話を戻した。
「で、話にはいつ来るんだ? こっちだって隣町に店を出すなら、相応の準備がいるんだ。なるべく早めに来てくれないと困るぜ?」
グラハムの声の大きさは普通に戻っている。
いつも通りのうるさい声で「聞かれても問題ないこと」を尋ねてくる。
「じゃあ明日――はサー・ポーロ士爵との定例会議があるから。明後日でどうだ? グラハムのことだ、どうせ暇してるんだろ? 俺はその日ならわりと都合がいいからさ」
実はグラハムは武器防具ギルドのギルドマスターではあるものの、最近は仕事のほとんどを婿養子に任せて、実質隠居みたいな悠々自適な生活を送っている。
「はんっ! 俺は暇してるんじゃねぇ。優秀な後継ぎがいるから、あえて任せてるんだ。あいつは武器作りも経営も優秀だ。あとはギルドマスターとしての経験さえ積めば、怖いものなしだからな」
「ああ、あのいかにもやり手の若い奴な」
「若い奴って、別にフィブレとはそう年も変わらんはずだぞ?」
「俺はもう何年もギルドマスターをやってるっての。俺のが先輩だよ、先輩。もう大先輩だ」
「たしかにそういう意味じゃ、お前の方が先輩かもな。年は変わらんが」
「だろ? じゃあ大先輩に改めて挨拶に来るように言っておいてくれな」
「あほか、それくらい自分で言え」
俺とグラハムは、いつものように――いつも以上に――軽口を叩き合う。
「ま、冗談は置いておいて。何度か話したけど俺もアイツは優秀だと思うぞ。グラハムとは大違いだ」
「てめぇ、言ったな!? なにが『冗談は置いておいて』だ! 普段は猫を被ってやがるお前のその生来の口の悪さを、リーリアちゃんに言いつけてやるぞ?」
「大人になったと言えよ。あとなんでここでリーリアが出てくるんだ?」
ちなみにグラハム相手だと俺の言葉遣いが昔に戻って悪くなるのは、俺の子供時代から面倒を見てくれたグラハムへの甘えなのだと、自分でもわかってはいる。
が、しかし。
甘えってのは、甘えさせてくれる相手にするもんでだな。
つまり甘えさせてくれるグラハムには、ついつい甘えてしまう俺だった。
閑話休題。
「なんでってお前。それくらいわかるだろ?」
「わからないから聞いてるんだが?」
いやマジでなんでリーリアの名前がここで出てくるのか、俺にはさっぱりわからなかった。
いやマジで。
「……はぁ、お前ってやつは本っっ当にダメなやつだなぁ。いい年してこれかよ。まったく先が思いやられるぜ」
グラハムはちょうど通りかかったウエイトレスから、お代わりのビールジョッキを受け取ると、ゴクゴクと豪快に飲み干してから、「あーあ……」とこれみよがしな溜息をついた。
「おいおい、国内に10人しかいないSランク冒険者の俺が、ダメなわけないだろ?」
ドヤァ!
「なにドヤ顔で言ってやがる。ほんとダメだわお前。もはや救いようがない。リーリアちゃんも報われないねぇ」
「だからそんなことを言われる意味が、マジで分からないって言ってるだろ?」
「はいはい。せめてリーリアちゃんに土産くらいは買って帰ってやれよ?」
「それなら、この激ウマ唐揚げを持って帰ってあげようと思っているんだ」
俺は目の前にある唐揚げを指差した。
「唐揚げって、お前なぁ……食い物だったらせめてスイーツだろ。ああわかった、今から飲食ギルドのギルマスを個人的に紹介してやるから、そこでちょっと話してこい」
「いや、俺は特にスイーツには興味ないんだが――」
「いいからお土産スイーツについてちょっと聞いてこい」
「だから――」
「いいから行くぞ、ほら」
「ああもう、わかったよ。もうちょっと唐揚げを食べたら紹介してくれ。これ、マジ旨くてさ」
どうにも会話がかみ合わないことに、俺は投げやりなため息をつくと、唐揚げの討伐を再開したのだった。
ま、話ついでに、もしかしたらサー・ポーロ士爵の動向に関する話も聞けるかもしれないしな。
今の俺の状況を鑑みれば、顔を知ってる程度の付き合いの浅い他ギルドのギルドマスターとの繋がりを深めておくのは、決して悪いことじゃない。
グラハムはギルドマスターの中でもかなりの古株だけあって顔が広い。
いい機会だから他のギルマスも、個人的に紹介してもらおう。
ちなみに飲食ギルドのギルドマスター(専門はスイーツでとても詳しかった)からお勧めされたスイーツを買って帰ると、
「はいこれ、リーリアにお土産だ」
「わぁ! これ穴花亭のバターサンドじゃないですか! いいんですか? ちょっとお高いお菓子ですよね?」
「リーリアにはいつもお世話になってるからさ。感謝の気持ちって言うか」
「うう~~! フィブレさん、ありがとうございます~!」
リーリアはとても喜んでくれた。
まさかこんなに喜んでくれるなんてな。
買って帰って大正解だったよ。
他にもいくつかお勧めを教えてもらったし、これからはなるべくスイーツを買って帰ってあげよう。
とまぁこうして。
お土産にスイーツを買って帰ると女の子は喜ぶということを覚えた、今年で26歳になる俺だった。




