第38話「今はまだ我慢の日々だ。その時が来るまで、まだ――」
そしてエスコルヌ女子爵とのやり取りと並行して、俺はギルドマスターの仕事に勤しんだ。
例えば。
俺がギルマス執務室で、面倒な雑務の気分転換に、サイコロでゾロ目を出す練習――特に何か意味があるわけではないが最近密かにマイブームっている――を黙々としていると、
「すみません。フィブレさんに相談なんですけど」
「おう、どうした?」
別の作業をしていたリーリアが、珍しく俺に意見を求めてきた。
(デスクワークはリーリアの方がはるかに優秀なので、俺がリーリアに聞くことはあっても、リーリアが俺に聞くことは基本ない)
「このクエストなんですけど、どれくらいのレベルに振りましょうか? Cランクでも行けなくもないかなって、思うんですけど。でもちょっと厳しいかもって感じもして。Sランク冒険者のフィブレさんの意見を聞きたいなって」
「オッケー。ちょっと見てみるよ」
リーリアが差し出したやや厚いクエスト依頼書に、俺は目を通していく。
ぺら、ぺら……。
ふむふむ。
ぺら、ぺら……。
ふむふむ。
「なるほどね。イシカリーナ荒野でのイービルイノシシ狩りか」
「はい。イービルイノシシ自体はCランク対応だとは思うんですけど、フィールド条件がどうかなと思いまして。フィブレさんはイシカリーナ荒野には行ったことがありますよね?」
「もちろん。何度か討伐クエストで行ったぞ」
「わたしは行ったことがないんです」
だからフィールド条件がわからずに、困っていたというわけだ。
俺はリーリアに簡単に説明してあげた。
「あそこは高低差があって、大きな岩や茂みも多い。待ち伏せされるリスクを考えたら、Cランクだと少しリスクが高いと思う。よし、これはBランク以上に割り振ってくれ」
「ありがとうございます、そうします。でも聞いてよかったです。さすがはフィブレさんですね」
嬉しそうに笑うリーリアに、
「なーに、これくらいお安い御用さ」
俺は満面の笑みでうなずいた。
こんな感じで、方々から集まってくる様々なクエストを、リーリアと一緒に各パーティに適正に割り振ったり。
◇
「よし! 食堂の新しいイスが完成したぞ! 自分で言うのもなんだが、なかなかの自信作だ」
俺は冒険者ギルドの裏庭で腕組みしながら、タイミングよく様子を見に来たリーリアに、完成したばかりのイスを披露した。
「壊れて廃棄予定だった古いイスが、ニコイチで蘇りましたね。さすがはフィブレさんです」
パチパチパチと手を叩きながら賛辞を贈ってくれるリーリア。
「俺もだいぶ工作に習熟してきたからな。とはいっても、ニコイチだから1個は減ったんだけども」
「2個減るよりは断然いいですよ」
「だよな」
次から次へと壊れる冒険者ギルドの古めかしい備品の修理・修繕に精を出したり。
◇
「なぁギルマス。まーた食堂のメシの量が減ったんだけどよぉ? これってステルス値上げって奴じゃねーのか? この前から立て続けだぜ? 食堂もあの偉そうな貴族が仕切ってんだろ? もうちょいガツンと文句を言ってくれよな」
ギルドの廊下で俺は中堅冒険者から声をかけられた。
「本当にすまない。今、諸々コミコミでサー・ポーロ士爵と交渉しているから、もう少しだけ待って欲しい」
「またそれか。マジ頼むぜ、ほんと」
「絶対になんとかしてみせるから。約束する。だからもう少しだけ時間が欲しいんだ」
かなり近い将来、大きな希望が見えているのだと伝えてあげたい衝動を、俺はぐっと堪えて、偽りの答えを返す。
今はまだ俺たち3人以外の誰にも、密約の存在を知られるわけにはいかないから。
「まぁ、ギルマスがそう言うならよ……。結局、クラウスみたいなエリートと違って、俺ら平凡な冒険者はあんたについていくしかないんだからさ」
「ああ、絶対になんとかするから、もう少しだけ我慢してくれるとありがたい」
俺は心苦しさを感じながらももう一度、同じ言葉を繰り返す。
「わかった。信じてるぜフィブレさん」
こんな感じで、施設や食事に関してクレーム――正当な意見だ――をあげてくる冒険者たちに頭を下げたり。
他にもリーダー研修や新人研修を定期的に主宰したりと、俺は冒険者ギルドの内部的なお仕事に、以前にもまして精力的に取り組んだ。
それもこれも未来が明るくなり始めたからこそ。
「今はまだ我慢の日々だ。その時が来るまで、まだ――」




